父と兄が遺したニホンミツバチ
兄が亡くなって数ヵ月ほど、父は悲しみに沈んでいました。ただ倶楽部にテレビの撮影が入ることになり、兄と2人で大切に育ててきた雑木林が伸び放題になっていると気づき、野良仕事を再開しました。これには、家族もスタッフもホッとしたのを覚えています。
父がもう一つ気にかけていたのが、ニホンミツバチの行方です。
ニホンミツバチは、巣から半径2キロ圏内の花の蜜をとって暮らす生態を持っています。つまり春・夏・秋、それぞれの季節の花が咲くところでなければ、巣は作らない。環境の変化にも敏感で、少しでも気に入らないことがあれば巣ごと引っ越してしまいます。ニホンミツバチがいる落葉広葉樹林は、その周りの自然も含めて豊かで心地いいことの証なのです。
そんな野生のニホンミツバチを倶楽部に呼びたいというのが、兄の長年の夢でした。ようやくハチを巣箱に招くことに成功したのに、雑木林に手をかけられなかった数ヵ月の間に、群れごといなくなっていました。
ハチをもう一度呼び戻そう。そのプロジェクトは、僕が中心になって進めました。
というのも、子どもの頃は父と兄の野良仕事に加われず、大人になってからもこの地と関わってこなかったことに対して、少しだけコンプレックスがあったからです。知識も経験も父や兄には敵わないけれど、学べることは学ぼうと思いました。
八ヶ岳には、定年後の趣味としてニホンミツバチを飼育している「師匠」のような人がたくさんいますから、ハチの生態、彼らが好む環境、群れを巣に招く方法を一から教えてもらいました。
働きバチは若いうちは巣の中の仕事をし、危険な外へ出て蜜をとるのは老いたハチの役目。人間の世界では若い人から順に戦争に行かされるものですが、逆なんです。
すべては群れを存続させるため。一つ一つの命が精一杯生きているニホンミツバチは父と兄が遺してくれたものでもあり、日々、多くのことを教わっている気がします。