「舞姫」の主人公をバンカラとアフリカ人がボコボコにする最高の小説の世界が明治に存在したので20万字くらいかけて紹介する本

著◎山下泰平
柏書房 1800円

同時代の読者も彼に憤った

ちょっと不謹慎でふざけたような長いタイトル(略称は「まいボコ」らしい)から、もう強烈に面白そうなにおいがする。著者は明治大正のマイナーな本を趣味的に読み漁り、〈調べて遊んでいる〉と言うナゾの人。こんな感じのタイトルで明治の娯楽小説について書いたブログ記事が人気を集め、今年5月に書籍化された。現在3刷9000部。

近代文学として夏目漱石や森鷗外は残っているものの、明治の普通の人々が普通に読んでいた娯楽物語というジャンルは今では忘れられている。だがそこには、新しい時代や知識を貪欲に咀嚼してとにかく面白い本を生み出そうとした創作者たちの破天荒なエネルギーが渦巻いていた。紹介してくれる著者の語り口が絶妙で、楽しい。とんでもない登場人物たち、とんちきなストーリー展開。それでいて、現在の私たちが享受しているさまざまなエンタメ作品へとそれらは確かにつながっている。

「舞姫」をネタとした小説(明治41年の星塔小史の作品『蛮カラ奇旅行』)について書かれた部分は、実は少ない。けれども、なぜこの物語が生まれたのかという大きな流れが本書全体から見えてくるのが何より面白い。それに、初めて教科書などで「舞姫」を読んだとき、何これ近代日本文学の傑作かもしれないけどコイツひどくない!? と感じた記憶のある人も多いのではないだろうか(……私です)。大丈夫、同時代に読んだ人たちもけっこう主人公に憤りを覚え、棄てられた異国の女を何とかしてやりたいと思ったのだ。それがわかったことも大きな収穫かも。