リュドミラさんと私はアパートに入ろうとした。すると、サーシャちゃんが嫌がった。
「バラバラになっちゃうよ、ボーンって」
爆発の記憶が幼い心にも刻まれていた。
サーシャちゃんを近所の人に預け、彼女の部屋に向かった。壁とベランダが崩れ落ち、床も抜けていた。
「近くに軍の基地などない。住宅地が狙われるなんて」
住む場所を失ったリュドミラさんは、行政局が提供した仮住居に身を寄せ、支援物資で生活をつないでいた。
「手元に残ったのはこれだけです」
瓦礫のなかから探し出した幼いころの写真とキリストの聖画が、小さな机の上に飾ってあった。
その後、彼女は保健機関の支援を得て、出産のため隣国ルーマニアに渡った。夫は一緒に行くことはできなかった。戦時下のウクライナでは、成人男性の出国に制限があるからだ。
「この先、どうなってしまうのか。不安でなりません……」
そう話したリュドミラさんの険しい顔が忘れられない。
身ごもったときには戦争になるなど思いもしなかったリュドミラさん。赤ちゃんは戦乱の時代に生まれてくることになる。