舞台稽古中に防空サイレンが鳴り、劇場地下のシェルターに避難した俳優とスタッフ(撮影:坂本卓)

舞台稽古中に防空サイレンが

黒海に面した大都市オデーサは、ウクライナ有数の観光地として知られてきた。コロナ禍で観光客は激減し、今回の侵攻がさらなる追い打ちをかけた。当初はロシア軍が攻めこんでくるという危機感があったものの、のちに戦況が転じ、表面上、市民は日常を取り戻しつつある。

街頭には人びとが行き交い、公園で遊ぶ子どもたちの姿も見られる。しかし、これまでに幾度もミサイルが撃ち込まれ、いつまたどこに飛んでくるかわからない。市内各所で「ウー」と防空サイレンが鳴り、シェルターや安全な場所への退避が呼びかけられる。スマホの防空アプリには、サイレンにあわせて警報画面が出る。市民生活も戦争と隣り合わせだ。

町の中心部にある国立オペラ・バレエ劇場は、ウクライナで最も古い歴史を持つ劇場として知られる。名作オペラ『リゴレット』の公演を目前に控えた劇団の舞台稽古を訪れた。観客のいない場内に、歌声が響いていた。監督が演技に細かい指示を出す。その時、防空サイレンが鳴った。

「またか……」

監督がため息を漏らす。中世の騎士や公爵の衣装をまとった俳優たちが、あきらめ顔で地下シェルターに降りて行った。

『リゴレット』で娘役を演じるソプラノ歌手のアリーナ・ヴォロフさん(45歳)は、ロシア軍の侵攻後、両親とともにルーマニアに避難したが、演劇を続けたいとの思いで、一時的にオデーサに戻っていた。

「この戦争は劇場にとっても、私の人生にとっても大きな断絶をもたらしました。だからこそ、歌うのです。ウクライナの希望のため、人びとの心と魂のために」

サイレンが鳴りやむと、彼女は再び舞台稽古に向かった。

オデーサの劇場でオペラ『リゴレット』の娘役を演じるアリーナ・ヴォロフさん(撮影:坂本卓)