日本で一番広い寝室を持っていた人

伯山 『本牧亭の灯は消えず』に登場する従業員さんたちも素敵な人が多いですね。琴調先生は、下足番のおじちゃんをよく知っていたそうですが。吉川潮先生の『本牧亭の鳶』で小説になった、中村勝太郎さんでしたっけ?

琴調 タコっ鉢巻で、広小路を松坂屋の方に歩いていく。あたしが「おっちゃーん」って声かけてすれ違うと、まわりの人が「おおっ」って驚くんだ。あの辺の名物男だったからさ。

伯山 年中、鳶の頭の格好をしていたそうで。「世の中で一番偉いのは天皇陛下で、二番目に偉いのが鳶の頭」って本にも書いてありました。

清水 そう、勝ちゃん。亭主(清水基嘉氏)のじいやだったんですよ。結婚したときに亭主と秋田犬と、一緒にうちに来たんです。(笑)

伯山 本牧亭に住んでいたんですか?

琴調 日本で一番広い寝室を持っていた人だよ。あの本牧亭の客席で寝てたんだから。

清水 うちにはいつもいろんな人がいましたよ。先代の神田松鯉さんなんかも、高座を降りると一階に降りてきて、私たちと一緒に栗むいて食べたり、うちのお風呂に入ったり。母が「先生の麻の着物がしわくちゃになっちゃう」って、霧吹きをかけて置いておいたり。

伯山 家族同様ですね。

清水 だから私、どなたのことも「先生」と呼んだことがないんです。松鯉さんとか、先代の貞丈先生は「おじさん」と言っていましたし。

琴調 本牧亭では、本当にゆったりと時間が流れていたんですよ。