百花

著◎川村元気
文藝春秋 1500円

まるで映画のような鮮やかさ

人生100年時代になってその数が増え、誰にも身近になったのが認知症である。この長寿社会がもたらした現代の生の姿に、『君の名は。』をはじめ数々のヒット映画のプロデュースを手がけた川村元気さんが、小説という形で取り組んだ。

才子はやることがひと味違う。認知症になって肉親の名すら忘れていきながらも、ある特定のことに関しては細部まで鮮やかに覚えていた実の祖母……。自身のこの体験を踏まえ、さまざまな認知症の現場に取材した著者は、忘れる、失うという負の面ではなく、それを長い人生の自然相貌として受け止め、新たな像をつくりだした。

小説では、母子家庭に育った息子と、親でもあり、一女性でもあった母との秘められた過去を少しずつ紡ぎだしながら、認知症になっても母が忘れず、抱きつづけた記憶のコアを明らかにし、2人の悲しい過去にもう一つの明るい人生の色合いをつけた。

徘徊をはじめ、認知症では困った事態が起きる。だが本作では、閉じ込められるような施設にいれば、誰だって「逃げたくなる。言葉も荒くなる」という表現が出てくる。認知症を困った症状にするのは、社会の側にも問題があるという視線にはやさしさがある。〈人間の個性は欠けていることによって生まれているのかもしれない〉という指摘は、認知症に限らず人間の持ち味を示している。

主人公の息子に子どもが生まれる過程と、母が死にゆくまでを対比させながら、場面場面に音楽が流れ、最後には「半分しか見えない花火」というクライマックスが用意される。それはまるで映画になりそうな、音も色も鮮やかな構成だ。期待値は高い。発売から1ヵ月あまりで10万部を突破した。