談春 たとえば、「薬缶(やかん)」って噺。「こんちは、ご隠居さん」「来たな、ぐしゃ」「踏み潰しました?」「いや、そうじゃない。愚かなる者と書いて愚者だ」。これは人を馬鹿にしているからハラスメントなんだって。

落語には、ぼんやりして失敗ばかりする与太郎というキャラクターがいる。これも人をあざ笑うことになるからダメ。

酒井 もちろん吉原が舞台の噺も教育上よろしくない。となると、話せるネタが少ないですね。

談春 「じゃあ、人情噺?」と思ったら、今の子はそもそも結婚する気もないっていうんじゃあ……。

酒井 夫婦の情愛の噺を聞いて、「夫婦っていいかも」みたいな感想を持つ人もいるのでは? でも、今の若者は、傷つくのがイヤだから恋愛もしないのかな……。

談春 傷つくのは心が揺さぶられるからで、その前に興奮や感動、愛情がある。その揺らぎがもう面倒くさいんだと思う。今は、人と関係を築くための「認識・把握・分解・判断・行動」の全部がイヤなのかな。

酒井 「芝浜」も「文七元結」も、あえて面倒に突っ込んでいって、それが結果的にいいほうに向かう噺ですよね。「面倒を避けて行動しない」とは、まったく逆です。

談春 いまや落語は瀕死。世の中全体がこうして大きく変わって、僕が死んで5年後くらいに落語そのものがなくなっちゃいました、なんてことになったら、教えてくれた師匠や先輩方に申し訳ない。

酒井 面倒くささの先にある世界や、人と人の差異が呼び起こす騒動を描く落語に接することは、子どもたちにとっても、人間関係のトレーニングになると思うのに……。

談春 そう思ってくれる人も、なかにはいるだろうけどね。