イメージ(写真提供:写真AC)
実の家族を受け入れられない人は、実際どのように適度な距離を保っているのだろうか。血のつながりがあるからこその責任や罪悪感、諦念もあるはずだ。当事者に話を聞いてみると──。律子さん(仮名)の場合、気になるのは実の兄だ(構成=田中有)

「50万円くらい何とかならないかな」

横浜に住む地方公務員の律子さん(55歳・仮名=以下同)は今年のゴールデンウィーク、同居している実母が兄(58歳)と出かけるのを淡々と見送った。

兄はもともと、北関東にある実家の建設業を継いだ。だが時流を見誤って借金が膨らみ、8年前に店をたたんでいる。父はすでに他界し、兄が就職して寮に入ったため、律子さんは残された母を夫や娘と暮らす家に引き取った。兄は長い休みになると、空き家となっている実家に風を通すと称して、母を伴い帰省する。

「母は、いつかまた兄と住むために、実家に戻る気満々なんです。兄のやっていることは母をぬか喜びさせるだけ。商売を再興するとか、母を引き取るとか、かないっこない夢ばかり見させているんですよ」

冷めた口調で律子さんはつぶやく。

互いが成人する頃までは、比較的仲のよい兄と妹だった。バンカラな気風の高校に通う兄の文化祭に行ったり、兄に影響されてマンガやアニメなどのサブカルチャーや洋楽にハマったり。律子さんが就職し、25歳で結婚した時も祝福してくれた。

転機となったのは、律子さんが30歳を過ぎた頃に突然かかってきた兄からの電話だ。

「まるでお天気の話をするみたいに気楽な調子で、『お前さあ、50万円くらい何とかならないかな』って言ってきたんです」

ちょうどボーナスが出た時期だった。バブルが崩壊してから実家の商売がうまくいっていないのは何となく感じていたが、律子さんに詳しいことは伝わっていなかった。後から聞いた話では、大きな仕事でクレームをつけられたり、建材を揃えたのに仕事が取れなかったりで、店はかなりの借金を抱えていたらしい。

自分だけ実家を出て、両親の苦労も知らず、夫と二人で忙しい日々を過ごしていた……。その後ろめたさも手伝って、律子さんは言われるままにお金を振り込んだ。