楽をさせないことで自分の足で歩けるように

田辺 検査しても原因不明のまま、ただ力が入らず、つっぱったりして歩けない。でも、自宅に戻ったらこの人が楽をさせてくれなくて。

九重 自分で治そうと思ってもらわなきゃ、と思ったんです。田辺さんがコーヒーが飲みたいっていえば、ちょっと離れたところに置く。大好きなたばこも、手が届かないところに置いて取りにきてもらいました。

田辺 それまで人生であまり物事に「ちくしょう!」って思ったことはなかったけど、体が動かないときは「こんちくしょう!」って思いながらがんばりましたね。

九重 お医者さまは絶対に無理だとおっしゃったけど、その年のコンサートも中止にしなかったんです。ゆっくりステージ中央まで自分の足で歩いて、歌いきった田辺さんを見てお医者さまのほうが「どこで治したんですか?」って…。ビタミン「愛」だけです!

田辺 この病気がきっかけになって、ものごとを俯瞰して見られるようになりました。僕はそれまで人と接するのが苦手だった。面倒だったんですね。でも、日本歌手協会の会長を仰せつかって、引き受けた。それも病気になったからこそです。昔の僕を知ってる人は、やっちんがまさか会長とはねって笑います。(笑)

「夫婦はそれぞれ、夫婦は別々」といいながら、ごく自然にひとつのグラスから水を飲んでいる田辺靖雄さんと九重佑三子さん。取材中にふと田辺さんがいなくなったと思ったら、おいしいコーヒーを淹れてリビングに運んできてくださった。普段のお二人の姿がうかがえる瞬間だった。