楽屋というのは生き様を見せるところでもある

大村崑さんとか、それこそ昭和世代のレジェンドにお越しいただいて昔の話をする。正直、かなりどぎつい話もあるし、昔の話なので登場人物も今のお客さんからしたら知らない人も出てくる。要はね、普通に考えたら、聞いてもらいにくい領域にも思えるんですけど、みなさん安心の顔になる。これは何なんやろなと。

一つはね、世の中が変わっても「ま、芸人さんやったらそんなこともあったんやろうな」と胃の腑に落ちる感覚があるんやろうなと。時代が変わったとはいえ、やっぱり芸人は普通ではないことをやるもの。そのイメージは今でもあるんやなと。

あとはね、今の世の中にはだいぶ強い《タガ》がかかっている。お行儀よく振る舞うことが求められている社会です。そんな中での息苦しさみたいなものを多くの人が感じていて、実はこの濃い楽屋ばなしの味が、何とも言えん閉塞感みたいなところを突いているのかなとも思います。ある種の反動というのか。

僕が考える楽屋というのはね、生活というか、生き様を見せるところでもあると思うんです。舞台でネタはするけど、楽屋でネタはしません。そこで仲間内から「面白いヤツやなぁ」と思われるということは、生き様が面白いということです。

そして、昔は楽屋で可愛がられる人間が見事に売れていきました。面白いことももちろん大切ですけど、一番はかわいげですわね。キツイことをしゃべってても憎めない。どこか抜けてる。そんな人が世に出ていきました。

昔は楽屋で可愛がられる人間が見事に売れていった。面白いことももちろん大事だけど、一番はかわいげと語る月亭八方さん(撮影◎中西正男)