腐女子な『嵐が丘』から、不自由な『アナ雪』まで
小説を読んだり、映画や演劇を観たりする時、武器は多ければ多いほどいい。武器、それは視点です。いろんな見方ができるだけで、優れた表現はその魅力のありかを多面的に指し示し、わたしたちに一層知的に愉しくスリリングな時間を与えてくれるはずなのです。
北村紗衣が手渡してくれる武器はフェミニスト批評。フェミニストと聞いて、「女性の権利ガーッ」「男性社会の抑圧ガーッ」といったステレオタイプの女戦士の姿を思い浮かべてしまう方にこそ、おすすめしたいのが『お砂糖とスパイスと爆発的な何か』です。「〜らしさ」といった社会から与えられた規範を内在化させ、檻の中に自分を閉じ込めてしまう。そんな、男女問わず誰しも陥ってしまう心理規制を解きほぐしてくれるのがフェミニスト批評なのだということが、この気鋭の学者による平易で柔らかな語り口の著作に触れればわかってくるんです。
エミリー・ブロンテの『嵐が丘』に腐女子的な読解を加え、セクシーさを抽出してみせる。スタインベックの『二十日鼠と人間』の中に、冴えないおっさんと女性という、現代にも顕著な弱者同士の争いの様相を予見する。シェイクスピアの『十二夜』をツンデレで解釈し直す。「自由」を高らかに謳い上げることで人気を博した映画『アナと雪の女王』における、意外なまでに不自由さを感じさせる物語の着地のさせ方を指摘する。アガサ・クリスティ作品の中の同性愛傾向に目を留める。
次から次へと武器が手渡され、すでに知っている作品に関しては蒙を啓かれ、未読未見の作品に関しては鑑賞欲が高まる。読む前と読んだ後では、まさに“爆発的”にものの見方が拡張される1冊なのです。
著◎北村紗衣
書肆侃侃房 1500円