『黄金夜界』著◎橋本 治

 

明治文学の古典を見事に蘇らせた手腕に感嘆

今年1月末に惜しくも亡くなった著者は翻案小説の名手だった。遺作となった本作も、尾崎紅葉の代表作『金色夜叉』を、21世紀風に大胆にアレンジしたものだ。

ヒロイン「お宮」は本作ではモデルのMIAこと鴫沢美也(しぎさわみや)。主人公「間貫一(はざまかんいち)」は身寄りのない現役東大生で、鴫沢家の飲食業を継ぐ前提で同家に寄寓している。貫一の許嫁であるMIAを見初める「富山唯継」はIT企業の経営者という設定で、その他の登場人物名も『金色夜叉』と揃えてある。富山に嫁ぐMIAと貫一の別れの場面も、もちろん熱海の海岸だ。

鴫沢の家を出てホームレスになった貫一は、ネットカフェに泊まりつつ日雇いの仕事で食いつなぐのだが、ここからの起死回生の物語が素晴らしい。原作では貫一はシニカルな高利貸しとなるが、こちらの貫一は違う。町工場で自立の資金を貯めた後は、アルバイト先の居酒屋チェーン「狐の酒場」で頭角を現し、若社長の懐刀となる。ここからも独立した貫一は、貸金業を営む年上の女・赤樫満枝の助力を得て飲食系ベンチャー企業「わらじメンチ」を開業する。

貫一に関してはこのように現代風のどん底からの再生譚が語られるが、その一方でMIAはモデルとして早々と行き詰まる。夫の唯継に連れられて行った仮面舞踏会が実は乱交パーティだったことにブチ切れ、MIAは思いを断ち切れずにいる貫一の店に向かうのだが……。

読む前は『金色夜叉』は古風すぎて翻案はさすがに難しかろうと思ったが、現代社会の底にある索漠さは「貫一・お宮」の時代と少しも変わらない。明治文学の古典を見事に蘇らせた手腕に感嘆しつつ、著者のご冥福をあらためて祈りたい。

 

『黄金夜界』
著◎橋本 治
中央公論新社 1700円