ラグビーというスポーツが生まれた歴史

「ラグビーは、19世紀にイングランドで誕生し、イギリスで発展したスポーツです。その後、かつてのイギリスの植民地だった国々で広く根付きました。国と国との交流のなかでルールがつくられていったんです」

ラグビー発祥のきっかけは諸説ある。もっとも広く知られているのは、ウィリアム・ウェブ・エリス少年説だろう。この伝説をはじめて聞いたのは、高校入学直後の春だった。

はじめてのゴールデンウィーク合宿中、部員全員が食堂に集められた。前年まで山形中央高校の監督をつとめて、当時、仙台大学ラグビー部の監督と高校日本代表の監督を兼任していた勝田隆が3年生部員を指名し、私たち1年生にエリス少年伝説を教えるようにうながしたのである。

―1823年のある日、イングランド中部の州であるウォリックシャーにあるパブリックスクールの一つ、ラグビー校の校庭でフットボールの試合が行われた。

『国境を越えたスクラム-ラグビー日本代表になった外国人選手たち』(著:山川徹/中央公論新社)

エリス少年は、相手の蹴ったボールを手でキャッチし、なんと小脇に抱えて敵陣を目指して走り出した。当時のフットボールは、サッカーとは違って、ボールを手で触ってもよかったが、蹴って前進する必要があった。エリス少年のルール違反が、ラグビー誕生のきっかけとなった。そんな内容を3年生が説明した。

エリス少年伝説は、一緒に教えられたラグビーボールが楕円形になった理由とともに記憶に残った。ブタの膀胱をボール代わりに使っていたから楕円形になったらしい。

19世紀半ばになるとイングランド各地にラグビーが伝わり、いくつかのクラブが誕生する。1870年には、当時のイングランドとともにイギリスを構成していたスコットランド、アイルランド、ウェールズなどにもクラブがつくられた。

そして1871年、イングランドとスコットランドの間で、史上初のテストマッチが開催された。それからイングランド、スコットランド、ウェールズ、アイルランドの間でテストマッチが行われるようになり、4カ国対抗に発展する。

互いに隣り合う4カ国では、住民たちの往来が盛んだった。また、ラグビーが広まった大英帝国の植民地でも人がひんぱんに行き来し、新たな地で居を構え、子どもを育てた。 国籍にこだわらない国の代表。ラグビーならではの発想はそんな背景から生まれ、ルールとして定着したと言われている。

そして、4カ国対抗にフランスとイタリアをくわえた6カ国対抗(シックス・ネイションズ)が、現在も続けられている。