「ほら、あの人だよ」と促されて目をやると、少し離れたベンチの隅に、50代後半とおぼしき女性がぽつねんと座っていた。

「装いこそ地味でしたが、薄化粧をしていて、艶めかしい女性だなと感じました。叔父は、『彼女は甲斐甲斐しくお父さんの世話をしていたよ』と言っていたけれど、私は受け入れることができなくて」

葬儀の準備の合間を縫って実家に立ち寄った佐島さんは、さらなる衝撃を受ける。自分が使っていた部屋へ行くと、内側から鍵がかかっていて入れない。なんと、彼女の連れ子である成人した息子が引きこもっていたのだ。それだけでなく、母が大切にしていた指輪や留袖も見当たらなくなっていた。

とどのつまりは遺産問題。1000万円ほどの預貯金と家は、再婚相手の女性と2分することになった。ここでも佐島さんは、「1000万円しかないの?」と疑念を抱いたという。公務員だった父には恩給もあったはず。しかも、「退職金には手をつけていないとも聞いていたのに」と首をかしげる。

「家に関しては、田舎だし築年数も経っているので売却しても二束三文。それをいいことに、彼女はこのまま暮らし続けたいと申し出ました。冗談じゃない! 第一、天国の母になんと報告すればいいんですか? こんな女に勝手な真似はさせないと私は意地になっていました」

自分が所有することもできたが、実家を訪れるたびにあの親子のことを思い出すくらいなら、売却してしまうほうがマシだと考えた。

「散々悩んだ末に出した結論です。すんなりと買い手がつき、昨年の暮れに、遺産相続を含めたすべての手続きを終えました。もう二度と彼女に会うことはありません。縁を切ることができて清々しましたが、今も私の心にはぽっかりと穴が開いたまま。父を恨みます!」

でもね、と佐島さんは静かな口調でこう締めくくった。

「父の晩年が幸せだったなら、それでいいと考えなくてはいけないのかな? そうなのでしょうね」

父の幸せを思う優しさと、何も知らされていなかったショックの狭間で、娘の気持ちは今も揺れている。