放課後の甘酸っぱい記憶

プレーヤーはもう持ってないのに、若い頃に買い集めたLPレコードは今でも処分できません。私の世代はレコードが恋愛ツールでもあり、放課後の教室で好きな男子と「これ、持ってる?」「ううん、貸して」とか、こそこそっと貸し借りしたのです。恥ずかしくて話もろくにできずに。

色あせたジャケットを手に取ると、頭の中で懐かしい曲が流れ、甘酸っぱい気持ちが一気によみがえります。
(58歳・団体職員)

 

亡き人を偲ぶよすがに

祖母から贈られたひな人形は、繊細な細工を施した御殿に内裏びなや三人官女が並ぶ七段飾り。でも、何年も木箱に入れたまま積んであります。なぜ捨てないか? それは、私が16歳のときに亡くなった父を偲ぶよすがでもあるから。

昔、ひな人形を出すのは父の役目でした。私はその作業を見るのが好きで、そばに座ってじっと眺めていたものです。何歳の頃かは忘れましたが、途中で一服しようと煙草に火をつけた父がうっかり灰をひな壇に落とし、側面を焦がしてしまって。そのときの焦げ跡を見るたびに、父と一緒に過ごした時間が思い起こされ、慰められます。

来年は父の五十回忌。久しぶりにおひなさまたちを出してみようかしら。
(64歳・主婦)

 

お金の出入りは「自分史」です

独身時代の銀行の預金通帳は、一生手元においておきたい。そこに並んでいる数字は、イラストレーターを目指して20歳で上京して以来、泣いたり笑ったりしながらどうにか自分の足で歩いてきた「自分史」そのものだから。

「あの頃はバイトのかけ持ちできつかったな。それから連載の仕事が入って、やっと洗濯機を買い直せたんだっけ。40万円下ろしたのはマンションに引っ越したとき。その直後に取引先の会社がつぶれて泣き寝入りした……」とか、通帳を開くだけでその時々を思い出します。

捨てられないのは未練、怨念? それとも無我夢中だった昔の自分が愛おしいからかな。
(57歳・イラストレーター)