『赤星鉄馬 消えた富豪』著:与那原恵

巨万の富で文化貢献しながら、表に出なかった彼は何者か

日本最初の本格的な学術財団「啓明会」は、大正7(1918)年に設立された。

アメリカでいえばロックフェラー財団やカーネギー財団にあたる啓明会は、幅広い学問領域や文化芸術に対して資金を提供し、柳田國男の民俗学や高群逸枝(たかむれいつえ)の女性史学、琉球芸術調査など特色ある成果を挙げた研究を支援した。

しかしこの財団の創設にあたり、現在の貨幣価値で20億円にのぼる資金を出資した人物のことは、ほとんど知られていない。それが本書の主人公、赤星鉄馬である。

鉄馬は父・弥之助の急逝を受け、野口英世らとも親交のあったアメリカ留学から帰国。弱冠22歳で家督を継いだ後、莫大な相続財産の一部を学術財団の創設に充てることを決意する。財団に自分の名を冠することも、運営に影響力を行使することもない、純然たるパトロネージュだった。

鉄馬はなぜ、そのようなことをしたのか? この人物への興味を搔き立てられた著者は、彼をとりまく人間関係を調べるなかで、大正から昭和戦前期にかけての日本にあった、上流階級の知られざる交流ネットワークを発見していく。

鍵を握る人物は鉄馬の母・静の従弟にあたる樺山愛輔だ。白洲正子の父としても知られる愛輔は生涯にわたって鉄馬の相談にのり、公私両面で彼をバックアップしつづけた。鉄馬の周辺には知米派の政財界人が集うが、軍国主義化が進むなかでその幾人かはテロのため命を落とす。対米戦争の勃発と敗戦は赤星財閥を解体し、鉄馬の存在もそのなかで忘れられていく。

労せずして得た巨万の富を学術文化のパトロンとして消尽しただけでなく、自身の姿もきれいに消した知られざる富豪の生き方は実に見事である。

『赤星鉄馬 消えた富豪』
著◎与那原恵
中央公論新社 2500円