映画に若い世代への想いを託して
瀬戸内海に面した広島県尾道市は「坂の街」「文学の街」として有名だ。また、小津安二郎監督、新藤兼人監督とのゆかりが深く「映画の街」としても知られている。そして、“映像の魔術師”大林宣彦監督の出身地でもある。
故郷を愛する監督は『転校生』(1982年)、『時をかける少女』(83年)、『さびしんぼう』(85年)をこの地で撮影している。『海辺の映画館』は大林監督が20年ぶりに尾道で撮影。舞台となる映画館「瀬戸内キネマ」にて摩訶不思議な大林ワールドが開幕する。
尾道で唯一の映画館が閉館を迎えた。最終日には日本の戦争映画大特集が組まれ、オールナイトで上映される。ところがあいにく、その夜は嵐となり、満席の「瀬戸内キネマ」が、突然、稲妻の閃光に包まれる。すると、映画を観ていた地元の若者3人がスクリーンの中へと入り込む。気づいてみれば、彼らは上映中の「戦争映画」の世界を旅していた。
そこでは時を行きつ戻りつし、江戸時代、乱世の幕末、戊辰戦争、日中戦争、太平洋戦争中の沖縄へと進む。3人は映画という虚構の中で展開する戦争に戸惑いながら、ついには原爆投下前夜の広島に至り、原子爆弾の犠牲となる移動劇団「桜隊」に出会うのだ。
映写技師がフィルムを回し、昭和の趣が漂う映画館でスクリーンに見入る人々の目は好奇心で輝き、名作『ニュー・シネマ・パラダイス』を彷彿させる温かい雰囲気に和む。
「瀬戸内キネマ」のオープニングは鮮やかで華やかなミュージカル。ポップでマジカルな娯楽映画だが、その核にあるのは戦争に対峙する真摯な姿勢だ。
厚木拓郎、細山田隆人、細田善彦が扮するのは、現実の戦争を知らない若者たち。彼らは銀幕の世界で、可憐な少女たちと巡り合い、彼女たちが戦争で命を落とすのを目の当たりにしても何もできない。理不尽な戦争、人間の愚行、散ってゆく無数の命を、その時代を生きる人の現実として知る。
歴史上の出来事でしかなかった戦争が、3人にとってリアルなものとなる。主人公3人のそれぞれの相手を演じるのは吉田玲、成海璃子、山崎紘奈。そして、桜隊の看板女優を常盤貴子が演じる。
このメイン・キャストに加えて、若い世代に希望を託す監督の想いに共感し、小林稔侍、高橋幸宏、浅野忠信、渡辺えり、中江有里、満島真之介、伊藤歩、笹野高史、稲垣吾郎、白石加代子などの豪華な俳優陣が結集した。
中でも、老映写技師役の小林稔侍のとぼけた味、不思議な宇宙船から尾道に下りてくる爺役、高橋幸宏の朴訥とした語りと、浮世離れした雰囲気が楽しい。
82歳、肺がん闘病中の大林監督のパワー、力強い反戦のメッセージに圧倒される作品だ。
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キネマの玉手箱
監督・脚本・編集/大林宣彦
出演/厚木拓郎、細山田隆人、細田善彦、吉田玲、成海璃子、山崎紘奈、常盤貴子ほか
上映時間/2時間59分 日本映画
■4月10日よりTOHOシネマズ シャンテほかにて全国順次公開
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ウルグアイの元大統領を追ったドキュメンタリー
南米の小国ウルグアイの元大統領ホセ・ムヒカは、自己犠牲も厭わず、国民のよりよい生活のために尽力した。
彼に共感する監督が、2014年から翌年の大統領退任までを追ったドキュメンタリー。軍事政権下でのムヒカの戦いや拘留生活などにも触れ、柔和さの底にある彼の信条に敬服する。
3月27日より新宿武蔵野館ほかにて全国順次公開
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監督:エミール・クストリッツァ
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アメリカの小さな町をゾンビが襲う
ジム・ジャームッシュ監督・脚本による異色ゾンビ映画。アメリカの小さな町。墓から蘇ったゾンビが生前に夢中になったものを求めて夢遊病者のように彷徨(さまよ)い、人を襲う。町の警官がこれに応戦するが……。
物質文明に浸り、それに依存する風潮への風刺がきいたコメディとも言える。
4月3日よりTOHOシネマズ日比谷ほかにて全国順次公開
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出演:ビル・マーレイ、アダム・ドライバーほか