六年寝太郎の芥川賞受賞作
一発逆転の芥川賞受賞だった。選考会での最初の投票では、候補作5作のうち、積極的に授賞を推す票が入ったのはわずが2作。「蓋が開いた当初は受賞作なしになる気配が濃厚だった」(島田雅彦選考委員)というが、議論を重ねるうちに点が伸び、終わってみれば過半数の支持を得た。
あわや落選が一転、芥川賞を受けた作品では遠藤周作「白い人」や池田満寿夫「エーゲ海に捧ぐ」も有名だが、その歴史に新たな一頁を開いた。
著者の古川氏は大学を中退し、6年間、家でゴロゴロする生活が続いたが、2016年に「縫わんばらん」で新潮新人賞を受けてからはほぼ毎年のように芥川賞候補になり、4回目で受賞。これまた逆転の人生だが、受賞した本作は、野心満々の新人作品とはほど遠く、これまでの作品と同様、九州の小さな島を舞台に、名もなき人々の暮らしを描く小説だ。
長崎の島に残る、今は使われなくなった納屋の周辺の草刈りをする物語である。方言を多用し、はじめは取っつきにくいが、読むうちに、草が刈られていくうちに、草の下に眠っていた島の歴史、人々の苦難と人生の哀歓が浮かび上がる。小さい頃、島に住む祖父母や親族から、昔話を聞くのが好きだったという。その「耳の物語」が、時空を超えた作品に結晶した。
受賞会見で、「ゴロゴロしていた頃の若い自分に言いたいことは?」と聞くと、「まあ、なんとかなった」と一言。「もうひと声」と迫ると、「そのまま寝ていればいいんじゃない」と答え、会場の笑いを誘った。三年寝太郎ではなく、六年寝太郎。じっくり過去からの声を反芻する時間の蓄積が、大逆転劇を生んだ。小説は、3刷5万6000部と好調だ。
著◎古川真人
集英社 1400円