『一億三千万人のための「論語」教室』著:高橋源一

 

こんな時こそ、古典を痛快訳で

新型コロナウイルスの蔓延で、世界の先行きはまったく見えない。そんな時、何を読んだらよいのか。それは有史以来幾度もあった“一寸先は闇”の時代をも生き抜き、読み継がれてきた古典でしょう。

今日では、カミュの『異邦人』が西の横綱なら、東の横綱は、ポップ小説の旗手タカハシさんが「論語」を完全訳した本書です。2019年10月の発売から7万部を突破しています。

「不善の改むる能(あた)わざる」ことを憂えた孔子の言葉はこう訳されます。〈自分が『悪』に加担していることに気づいているのに、みんながやっていることだし、とか、自分ひとりが反抗しても意味がないし、とか考えて、結局、そのままになってしまうこと〉。わかりますよね。感染拡大の危険があるのに、やっている人もいるからと人がたくさん密集する「三密」に行ってしまう、あ・な・た─。

こうした凡庸な不善を憂えた孔子が、最も大切にした言葉は、「子曰く、其れ恕(じょ)か。己れの欲せざる所は人に施すことなかれ」です。それは、〈自分以外の他人であると想像してみること〉と訳されています。今日なら高齢者や営業自粛で困っているお店や劇団などエンターテインメント業界の人々の窮状に思いをはせ、行動することでしょう。

「朝(あした)に道を聞けば、夕(ゆうべ)に死すとも可なり」と孔子は言いました。なぜ、死んでもいいくらい真理はすごいものなのか。タカハシさんは、〈『真理』というものは、それほどまでに、たどり着くことが困難なものだ〉って、考えます。コロナ騒動では、私たちは、多様な自然の怖さをよく知らないままだったことを、痛切に思い知らされました。「故(ふる)きを温(たず)ねて新しきを知」ることが、求められている時代です。

『一億三千万人のための「論語」教室』
著◎高橋源一郎
河出新書 1200円