にぎやかな患者たちの賢くておもしろい暮らし方
北海道浦河町。精神医療の世界では有名な場所だ。「べてるの家」というグループホームに、統合失調症などの人たちが暮らしている。困った症状であるはずの幻覚や妄想を地域住民に明るく発表する会を開くなど、精神科医療の常識を町ぐるみで更新している。
この町の日赤浦河赤十字病院精神科に、転機が訪れた。どんどん退院させ、患者を町で生活させるという方針が、経営コンサルタントに真っ向から否定されたのだ。精神科は廃止、または認知症患者でベッドを埋めると宣告された。しかしそれは、ここまで苦労して守り育ててきた理想を無にする方向転換である。精神科をひっぱってきた川村医師は日赤をやめて開業することにした。
こうして「ひがし町診療所」がスタートした。この本は、その型破りな日常を追ったドキュメンタリーだ。にぎやかな患者たちの、じつに賢くておもしろい暮らし方。ここでは、「医師が患者を治す」とは考えない。
精神疾患の治療は、患者を発病前の状態に戻すことが目的ではない。発病前というのは、患者が無理に無理をかさねて自分をいつわり、心身にダメージがたまっていた状態だ。ひがし町診療所の患者たちもまた、昔に戻りたい、治りたいとは言わない。いまの自分にできることや、いまの自分にある価値を、じっくり見極めている。
ここでは、看護師やワーカーも「できない自分」「足りない自分」を隠さない。患者に助けてもらう。医療者がみずからの無力さを認めたとき、それまで心を閉ざしていた患者が、ふと新たな道を指し示してくれる。温かい、でもおかしさに笑いがもれる瞬間だ。ここは風通しのいい場所である。
『治したくない ひがし町診療所の日々』
著◎斉藤道雄
みすず書房 2200円
著◎斉藤道雄
みすず書房 2200円