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残念なことに、肉親による痛ましい虐待事件が後を絶たない。だが、親を責めるだけでいいのだろうか。なかには、親の精神疾患や生きづらさゆえ、子育てに困難が生じているケースもある。子どもの命を守るために何ができるのか。北海道に、そのヒントがあった(取材・文=玉居子泰子)

子育て支援はまず親自身の困難に寄り添う

「今日はどんな調子ですか? 困りごとがある人はいますか?」

北海道札幌市にある精神科・心療内科「札幌なかまの杜クリニック」の一室に、ソーシャルワーカー内田梓さんの声が響く。なかまの杜では、診察とは別に、デイケア(再発防止や社会復帰のための、日帰りのリハビリのこと。文化活動や交流などを行う)として、利用者同士の話し合いやミーティングの場を多く設けている。

そのうちの一つが、子育て中の患者を対象にした「子育て当事者研究」だ。産後うつなどから受診した人や、保健師から紹介される人、もともとクリニックにかかっていて妊娠・出産を経験した人など状況はさまざまだが、子育て中の利用者同士で、苦労していることを語り合う。

「トイレトレーニングがうまくいかない」「動悸がひどく、子どもと遊べない」「体調が悪く寝不足。子どもに向き合う余裕がない」

この日も集まった親たちが次々と最近気になることを語り出した。内容は子育てに限らず、自身の病気に関する悩みでもいい。仲間と語り合い、つながりを持つことが目的だからだ。Aさんがこう言った。

「苦手な人に会うと萎縮して、食事ができなくなる。もうすぐ親戚の結婚式があるんですが、苦手な叔母が食事の様子をいつもじっと見てくるので、今から不安で……」

看護師の高村美香さんが、相槌を打ちつつ話の要点をボードに板書すると、内田さんが言った。

「じゃあ今日は、Aさんの結婚式の対処法から考えましょうか」

「苦手な人を前にオドオドしない方法は?」「目線の置き方と立ち位置に気をつけたら?」「周囲に気づかれずに食事を残す方法もあるよ」など、患者仲間からアドバイスが出てくる。

「では、叔母さん役とAさん役に分かれて、ちょっとやってみましょう」

内田さんが促すと、利用者たちが前に出て、結婚式での過ごし方をあれこれシミュレーションして演じる。

「目線を相手の鼻先に置くと怖く感じないね」「向かい合わず、斜め横に立てば威圧感がないかも」

みんなで笑いながら結婚式の即興劇をするうちに、相談者のAさんも緊張がほぐれてきた。これは、SST(ソーシャル・スキル・トレーニング)といって、人とかかわる具体的な方法を学ぶ認知行動療法の一つだ。