かつて罪を犯した主人公は「再生」を願うが
前作『名もなき王国』が三島由紀夫賞と日本SF大賞の候補作となった、実力派作家の最新作。かつて罪を犯し獄につながれ、いまは更生して解体業に就いている祐(たすく)には、繰り返し思い浮かべるイメージがある。それはガラスのコップに縁いっぱいまで満たされたり、森の地下に染み込んでいく水のイメージだ。
祐は薬物依存症から立ち直る自助グループに参加しており、事件後は薬物をいっさい断っている。それでも想像上のコップから水が溢れるのは、いまも彼があやうい均衡のもとにいるからだ。そのバランスを、13年前の事件に祐を巻き込んだ橋野という男から送られてきた〈ヒトガタ〉が突き崩す。基本的にリアリズムで描かれる本作のなかで、幻想と現実が交錯するこの一瞬が印象的だ。
橋野の再来というべき成島という男が〈そんなにまでして生きている意味あるんすか〉と祐に問う。生き地獄を経験し、底辺で生きることを余儀なくされている橋野や成島と異なり、祐は自らの意志でそこまで降りてきた。そしてそこから、再び浮かび上がろうとしている。
過去に起こした事件のフラッシュバックや自助グループ参加者のモノローグを交えつつ物語は進む。〈透明な水〉と〈暗い森〉の対照にくわえ、濃淡のはっきりした色彩が随所にちりばめられ、祐の地獄めぐりの描写に大きな効果を上げている。「再生」に向けた彼の願いが叶うか否かは、切り捨てた過去への贖いにかかっている。
併録作「不実な水」は、行旅死亡人の遺品処理に向かった男が、その地で出会った女と過ごした一夜の話。こちらも水のイメージに満ちた、〈地獄〉からの帰還者の話である。
著◎倉数茂
河出書房新社 1900円