長年、家族の一員として共にすごしてきた「うちの子」との別れは、 思った以上にこたえますーー。大川さんの場合、それはカメ。20代で出会ってから結婚、出産、子育てとずっと人生をともに歩んできた「のこ」。別れは突然のことでした (「読者体験手記」より)

ホームセンターで950円。 次第に愛着が湧いてきて

昨年、12月23日の夜だった。パート先を解雇され、私は自宅で落ち込んでいた。来年からまた仕事探しをしなければと思うと気が重い。

窓際に置いてある衣装ケースに目をやった。中にはクサガメの“のこ”がいる。寒いと、亀は動きが鈍くなる。全然動かないので、また寝ているのかと頭をつついた。いつもは引っ込める首が、なぜか伸びたままだ。おかしいと思い、もう一度つついてみた。手応えがない。よく見ると手足も伸びている。あわてて、のこを取り出した。ぐったりとして目も閉じたまま。死んでしまっていた。

のこと出会ったのは、私が20代の時だ。ホームセンターでケース付き950円で売られていた。500円玉くらいの大きさで、買ってくれとばかりに手足をバタバタ動かしている。いかにも爬虫類らしいうろこ。ゾクッとしたけれど、よく見ると、への字の口につぶらな瞳で意外とかわいい。気がつくとレジで会計をしていた。

自宅へ持ち帰ると母が気持ち悪そうに「本当に飼えるの?」と渋い顔をする。まずは名前を付けないといけない。ちょうどはまっていたゲーム「マリオカート」に出てくるノコノコという亀のキャラクターにちなみ、“のこ”に決めた。

こうして、のこは家族の一員となった。母も次第にかわいいと、のこの水を替えてくれるようになった。のこは人懐こく、床をはって私や家族のほうへ寄ってくる。夏はひんやりした甲羅を脇の下に当てて一緒に昼寝をすると気持ちがいい。2階から階段を転げ落ちてきたこともあった。

数年後に私は結婚し、のこも連れて実家を出た。子どもが生まれると、今度は子どもたちがのこをかわいがってくれる。とくに長女はのこが大好きで、夜は湯たんぽのように布団に入れて寝ていた。長女が中学生の時のこと、のこをバッグに入れて電車に乗ったことがある。揺れて驚いたのか、のこは何度もバッグから顔を出した。その顔を指で押し込んでいるうちに臭くなった。のこが失禁してしまったのだ。バッグは洗ったが臭いはとれず、カビが生えてしまった。

のこは鳴かないので存在感がない。わが家ではそれを「のこ状態」と呼んでいた。たとえば回転寿司で誰にも取ってもらえず回り続ける寿司に対して、「のこ寿司」といった具合に。そのくらい、のこはみんなに愛されていたのだ。