イラスト:浜野史
家族の病をきっかけに、関係が修復されることもあれば、知らなかった一面を目の当たりにし驚愕することもあるようです。母親に「隙がない」と疎まれ、「実家の鍵を返して」と言われて疎遠になっていた奥居祐有子(仮名)さんの場合は…

「ママの通帳が見当たらないの」

父と早くに死別し、20年以上一人きりで暮らしてきた母が、階段を踏み外して左大腿骨を骨折したのは今から4年前のことである。入院をきっかけに、認知と行動が不安定になり始めた。

得意だった料理は、時々お味噌汁を作る程度に。作ったことすら忘れてしまい、何日もほったらかす。母の家で夕飯を作り、「おかずは冷蔵庫に入れておくよ。ごはんは解凍してね」と言い残しても、翌朝おかずはそのまま残され、ごはんは新たに3合も炊いてあったりする。食事したことを忘れることもあった。

お金の管理も怪しくなった。話し合って、母の貴重品は私が預かることにしたが、「通帳がない」「印鑑がない」と昼夜構わず私の携帯を鳴らす。その都度「昨日、私に預かってって言ったよね。持っているから大丈夫。安心して」と伝える。すると「良かった。ありがとうね。お仕事中にごめんね」と言って電話を切る。

その1時間後にまた、「ママの通帳が見当たらないの。あなた、知ってる?」とかけてくる。イライラする心を抑えつつ、「私のところにあるからね。明日持っていこうか?」と言うと、「あればいいのよ。ごめんね」と電話を切る。その繰り返し。

仕事で2泊3日の出張に出たことがあった。出かける際、電話には出られないこと、通帳を預かっていることは紙に書いて伝えたし、何よりこの時ばかりは仕事に集中したかった。だが出張から戻ると、私と連絡がとれずパニックになった母が、銀行に「通帳紛失届」を提出していたことが発覚。しかも「祐有子が通帳を返してくれない」と親戚中に電話をかけまくっており、叔父からは「母親を泣かせるな!」と怒鳴られた。

「不安にさせてごめんね」と声をかけるも、「うん? 何のこと?」と小首をかしげている母を、「もう……」と抱きしめる。だがこうした穏やかな母娘の関係は、長い音信不通の果てのことだった。