「実家の鍵を返しなさい」という葉書が

私は結婚後、夫の仕事の都合で長い間海外で暮らしていた。幼子との異国での生活は楽ではなく、日々を乗り切るのに精いっぱい。しかも各地を転々としていたため、母へ心を向ける余裕はなかった。

時々届く母からの手紙は、弟のN雄一家がどれだけよくしてくれるか、N雄の子どもがどれだけ優秀かが綴られており、最後には「では、どうぞお元気で」とそっけない。こうした手紙を受け取るたび、やりきれなさに悲しくなった。

日本への帰国が決まったことを電話で報告した時も、「あら、それはよかったですね」と一言。そして「こちらは不自由なくやっていますので、お気遣いはけっこうですから」と一方的に切られた。

帰国後、意を決して実家を訪ねると、はじめのうちは機嫌の良かった母が、徐々に私を批判し攻撃してくる。でも、来たからには知りたい。

「どうして私を責める言い方ばかりするの」

何年も聞きたかったことを泣きながらぶつけた。すると母は「あなたはね、隙がなさすぎなのよ。N雄みたいにボーッとしてりゃよかったのよ!」と言い放ったのだ。ずっと弟とは異なる扱いを受けてきた理由がわかってよかったじゃない。そう何度も自分に言い聞かせた。

そして翌日、「実家の鍵を返しなさい」とだけ書かれた葉書が母から届いたのだ。決別ともとれる言葉に体が震えた。以来、私は連絡を絶った。母の生存は、年に数回の父のお墓参りの際、墓石に彫られた名前が増えていないかで確認するしかなかった。