
坂東玉三郎
ばんどう・たまさぶろう
歌舞伎役者
1950年、東京都生まれ。56年14代目守田勘弥の部屋子となり、57年坂東喜の字を名乗り、「寺子屋」の小太郎で初舞台。64年14代目守田勘弥の養子となり、歌舞伎座「心中刃は氷の朔日」のおたまなどで5代目坂東玉三郎を襲名。以後、「椿説弓張月」の白縫姫、「桜姫東文章」の桜姫など大役を次々に演じ注目を集める。梨園の生まれではないが、立女形(たておやま)の地位を確立するとともに、演劇・舞踊の分野の枠を越えた活動を国内外で繰り広げる。重要無形文化財保持者(人間国宝)、文化功労者。日本藝術院会員。

インタビュー
坂東玉三郎「染五郎さんを見た時、光源氏がいいのではないかと感じた。どこか〈あっ〉と思うところがあるお芝居をしたい」
坂東玉三郎2025年09月19日

インタビュー
坂東玉三郎「六条御息所、道成寺、四谷怪談…嫉妬心を存分に演じてあげることで、お客様は浄化される」
坂東玉三郎2025年09月19日

専門家
追悼 篠山紀信さん 坂東玉三郎「出会いは19歳。亡くなる2週間ほど前、歌舞伎座で撮影に立ち会い…」『婦人公論』を彩った最高の瞬間
篠山紀信坂東玉三郎2024年03月23日

インタビュー
坂東玉三郎「濃厚接触者と認定され、初日の舞台を踏めなくても…自分のなすべきことを粛々と」
坂東玉三郎2021年01月19日