(取材・文:山田道子 写真提供:松竹株式会社)
一番物語になりやすい六条御息所
――『源氏物語 六条御息所の巻』は昨年10月、歌舞伎座で上演された。昨年のNHK大河ドラマ『光る君へ』で脚光を浴びた紫式部による『源氏物語』。『源氏物語 六条御息所の巻』は、9帖「葵」に登場する六条御息所の光源氏へ激しい愛情を描く。元東宮妃で美貌と教養を兼ね備える六条御息所は夫の死後、光源氏と恋に落ちる。が、「自分は日陰者」と次第に平常心を失い、光源氏も息苦しさを覚えるようになる。六条御息所が嫉妬心にかられ、光源氏の正妻・葵の上のもとに生霊となって現れるというのが大きな筋である。
かつて、『源氏物語』を現代語訳された円地文子先生とお話した時、嫉妬心というものをテーマにした六条御息所が一番物語になりやすいとおっしゃっていました。『源氏物語』には、紫の上や明石の君とかいろいろな女性が出てきますけれども、彼女たちにまつわる話は非常に淡くて美しい恋物語。空蝉も、光源氏が訪ねて行ったらいなかったではお芝居にならないじゃないですか
嫉妬心というのは、人間であれば隠していても必ず根源的に持っているものだと思います。それを六条御息所は代表的に、象徴的に体現しています。嫉妬心の塊みたいになっているので芝居になりやすいのではないでしょうか。
安珍と清姫の悲恋物語『道成寺』が能楽や歌舞伎になっているのも同じでしょう。安珍に裏切られた清姫の妬みの心を描いています。『四谷怪談』も、伊右衛門とお岩様の関係は酷く表現されているけれども、「ああそうだよな」とどこか人の琴線に触れる部分があります。お芝居になりやすいというだけではなく、見た人の琴線に触れ、見た人は浄化されて劇場を後にするから、長く上演され続けているだと思います。
六条御息所も同じです。彼女の嫉妬心を存分に演じてあげることで、お客様は「ああそうだ」と浄化されるところがあるのではないでしょうか。しかも、六条御息所は生霊になっていることを自分は知らないのです。そこが許されるところではないでしょうか。