生霊の表現は映像技術が発達したからこそ

――葵の上のところに生霊となって現れる六条御息所。シネマ歌舞伎では、モノクロでぼんやりしていて霊そのもの。幽玄な雰囲気を醸し出している。玉三郎さんは舞台の映像化・映像の編集にも心をくだいた。

シネマ歌舞伎では、終わった舞台が疑似的な二次元の世界になってしまうけれど、改めて見られることがシネマ化の意味だと思います。

六条御息所が生霊になって出てくる場面。舞台ですとセンタースポットの照明がガーンと当たっていても、お客様の想像力で生霊として見ていただくことができます。しかし、そのまま映像化すると明るくてよく見えない。生霊の味がしないのです。本当に困りました。どんなに編集してもどうにもならない。その場面は別撮りをして合成しました。映ってはいるけれど、そこにいない人のように見えるのは現代の映像技術が発達したからこそです。

久しぶりに六条御息所に会いに来た光源氏が、花道から出てくるところも別撮りをしました。『暫』や『勧進帳』のような大歌舞伎ですと、お客様が写っていても大歌舞伎らしいのかもしれません。でも、光源氏が、桟敷席のマスクをしているお客様の前を歩いてきたら、映画を見ているお客様はどう感じるでしょうか。だから、この場面も映画のために別に撮り直して、合成しました。

舞台転換にも気を使いました。『源氏物語』の舞台で一番難しいのは、どの場面も白い壁で几帳かふすまが変わるだけであるところです。だから、全部几帳にして、リバーシブルにして舞台がぐるっと回ったら全く雰囲気が変わる仕掛けにしました。舞台が転換している間、劇場空間では楽しめるのです。お客様は「これはリバーシブルになっているんだ」「右と左にスタンバイしている人がいるんだ」などと想像をめぐらしながら2分ぐらいは待つことができます。しかし、映像では、何かぐるぐる動いているとなってしまい待てません。耐えられる分だけを見せて、後はすっと次に行く。その辺りは、映画を見てくださる方の身になって編集しました。光源氏が「もう二度とまいらん」と去る場面も、どこまで背中を見せるか、どこまで情感が続くかを考えて編集しました。

――お客様に楽しんでもらい、浄化されて帰っていただく――。玉三郎さんのこの思いは、舞台だけでなくシネマ歌舞伎にも流れている。

後編につづく

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源氏物語 六条御息所の巻

作品概要 上演月:2024(令和6)年10月 上演劇場:歌舞伎座 シネマ歌舞伎公開日:2025(令和7)年9月26日 上映時間:87分

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▼作品ページ https://www.shochiku.co.jp/cinemakabuki/lineup/2803/