「2時間ドラマの帝王」が抱えていた葛藤
2時間ドラマのフィールドで、トップランナーの一人になりたい。船越さんがそう思えるようになったのは、30代半ばを過ぎた頃だった。それまでも数々の2時間ドラマに出演していたものの、当時は葛藤を抱えていたと打ち明ける。
僕は「俳優をやめたい」と思ったことは一度もないんですよ。でも実は、「2時間ドラマをやめたい」と、何度かマネージャーに申し出たことがあります。僕が出演していたのは、サスペンス、ホームドラマ、時代劇などが多かった。要するに、同世代の人たちが観る作品に出られなかったんです。自分より上の世代をコアターゲットにした作品にしか出演できない。トレンディドラマ全盛時代に、僕はその場にいられなかった。そのことに強い焦燥感を抱いていました。でも、ある作品との出会いをきっかけに、その考えが変わったんです。
NHKではじまった『こちらブルームーン探偵社』。このドラマが本当に面白くて。ブルース・ウィリスとシビル・シェパードのバディもので、探偵事務所を舞台に数々の難事件に挑むのですが、主演2人のマシンガントークがとにかく面白い。「どうして日本にはこういうドラマがないんだろう」と思っていたら、ある人に言われたんです。「お前がやっていることに似ているよ」と。それで思い返してみたら、たしかに当時の2時間ドラマでバディものを多くやらせてもらっていることに気付きました。そんな時に、山村美紗さん原作の『小京都ミステリー』シリーズのお話をいただいたんです。
ドラマでバディ役となる片平なぎささんにも『こちらブルームーン探偵社』を観てもらい、「こんな作品を目指したいです」とお話しました。それで片平さんの同意を得て、監督にも相談しながら、クロストークを持ち味にした2時間ドラマの制作に挑んだわけです。当時の火曜サスペンスにおいては、コメディ色のある作品は異質なものでした。でも、結果的に視聴率が取れた。これが大きな転機となり、そこから「2時間ドラマを極めたい」と思えるようになりました。最終的には企画に携わるほど2時間ドラマに没頭していましたね。
俳優という職業は、みなさんに可能性を見つけてもらえることが一番大事で、見つけてもらえなければ、どんなに声高に叫んでもむなしい遠吠えみたいになってしまう。そういう意味で、僕は自分の職業をカテゴライズするなら「サービス業」だと思っています。「サービス業“で”いい」ではなく、「サービス業“が”いい」。もちろん、この仕事は芸術家の側面もあり、道を究めていく求道者の側面もある。ただ、僕はみなさんに楽しんでもらうことだけを考えてここまでやってきたので、こんな俳優がいてもいいんじゃないかと。
昔、父(編集部注 俳優の船越英二さん)に言われたんです。「どこまでいっても、“いただく”仕事だよ」と。「俳優は、男子一生の仕事じゃない。次の仕事があるか、ずっと不安の中にいなきゃいけない。だからお前をこの仕事に就かせたくないんだ」。これが、どうにか僕に俳優の道を諦めさせようした父の最期の言葉でした。どんなに積み重ねても、徒労に終わることもある。でも、これは今回の舞台と通ずるところがあるんです。『赤ひげ』は、あらゆる意味で現代社会や俳優の仕事と重なる部分の多い作品だと思います。