『赤ひげ』は時代そのものを映し出す鏡
『赤ひげ』は、若い医者たちが老獪な医者と出会い、いろんな化学反応を起こしながら切磋琢磨していく成長物語である。船越さんは、本作品を「世の中のすべての縮図」だと語る。
台本に、こんな台詞があるんです。「暇に見えて効果のある仕事もあるが、徒労に見えても、それを持続し積み重ねることによって効果の現れる仕事もある」――僕は、この台詞は俳優のためにある言葉だと確信しています。役作りをするためには、一見すると無駄に思える時間を作ることが一番の近道なんです。俳優は、自分が演じる役のストーリーテラーになれないといけない。一人の人間の中にどれだけ深い思い出を作ってあげられるか。それによって、役作りは深く面白くなるんですよね。
この作業を“徒労”だと思ってしまえば、俳優を長く続けるのは難しいと思います。どんなに作り込んでも、発表できずに終わることもたくさんある。そうすると、まさに全部徒労だったかのように感じるかもしれない。でも、実際には徒労なことなんか何一つないんです。僕が俳優になって一番幸せだと思えることは、どんな時間もすべてが自分の財産になるところです。ボーッと過ごした1日、失恋の痛み、人を傷つけてしまった後悔。生きていく上で、無駄になることは何もない。本当にいい仕事に就いたなと思いますよ。
今回の舞台では、原作にはない「医者の働き方改革」につながる要素も取り入れています。原作のテーマは保ちつつ、令和の現代を映す鏡でありたいな、と。舞台は生のものなので、生の世界観をお届けしたいんです。「今」世の中で起こっていることを、僕らがここで演じたい。そんな矜持を持って、演出家の方も含めて、それぞれの思いを共有しながら日々稽古に励んでいます。
そもそも「赤ひげ」役に挑むのは、僕にとって大変な冒険でした。三船敏郎さん、小林桂樹さんなど、僕が尊敬する俳優さんたちに演じ継がれてきた作品で、そこに自分が名を連ねるなんて無謀な大冒険以外の何者でもないだろう、と。しかし、同時に役者冥利に尽きる話だとも思いました。僕は「船越」という名前ですから、荒波に船を漕ぎ出そうと思ってしまったんですよね(笑)。ドラマ作品で船を漕ぎ出し、役に没入したのが2017年。思いがけずドラマがシーズン4までつながっていき、今度は舞台です。
今回の「赤ひげ」は、自分の中でもっとも成熟した「赤ひげ役」である一方、より人間臭い未成熟な「赤ひげ」であるとも言えます。少年の心を持ち続けた面倒くさい大人として、人物像を描いているので。赤ひげは、僕がこれまで演じてきた役とは空気感がまったく違う。でも、僕自身の元の性格は、新出去定のほうが近いんです。僕ももう63歳ですから、人には言えない難しい過去や、トラウマになるような出来事もたくさん経験してきました。皆さんのほうがよくご存じかもしれません(笑)。酸いも甘いも味わって、それでも尚この仕事と向き合っている。そして今、初舞台でジタバタともがく様も、“貧困と無知”と戦い、抗い続ける「赤ひげ」の姿と重なる部分です。
このように『赤ひげ』という作品は、現代や自分自身と不思議なほどリンクします。新出去定と若き医師たちの関係性は、若い俳優さんたちと僕との関係性と重なる。まさに稽古場は、小石川養生所の空気感そのものです。ほかにも、未知の病に挑む医者の姿は、コロナと戦う医療者を思わせます。どんなにテクノロジーや文明が進化しても、人間の営みはほぼ変わらない。愚かしいところも変わらない。『赤ひげ』は、時代そのものを映し出す底しれない大きな鏡だと思うんです。
最大のライバルは、坂本冬美さんが演じる主題歌の「人間賛歌」です。あえて、「歌う」ではなく「演じる」と言います。楽曲は言わずもがな、表現力も素晴らしい。作品世界が凝縮された曲で…三位一体とはこのことだなと思いますね。何とかこの主題歌を乗り越えなきゃいけない。壁、壁、壁だらけです。でも、それがまた力になる。原作の持つ力、楽曲の持つ力、すべてお借りして、みなさんに楽しんでいただける作品にしたいと思っています。