草笛 信頼関係なんて言いますけど、とんでもない話もいっぱいあるのよ。ハワイロケのときなんて、森繁さんが早朝から私の部屋に忍んでくるの。頭にきて、蹴っ飛ばして追い返しちゃった。こんなことバラすと、あの世で怒っているかしら。(笑)
三谷 市川崑監督の横溝正史シリーズのすべてに、草笛さんは出てらっしゃいますよね。あそこでもいろいろ仕掛けてらっしゃいました。どの役も演技の工夫の連続だったとか。
草笛 監督とは、あたたかい戦いでした。
三谷 『悪魔の手毬唄』では、草笛さん演じる未亡人が足を引きずっている。当時パンフレットに、現場で草笛さんが突然足を引きずり出したので、なにかの呪いか祟りではないか、みたいなことが書いてあったんですよ。僕、中学生だったから本当に呪いだと信じちゃって。
草笛 私が考えましたね。監督は「向こうから歩いてきて」としか言いませんから。でもただ歩くだけではつまらないし、足を引きずってみたんです。すると監督が、黙ってる。
三谷 「しめた!」と思ったでしょうね。すごく効果的でしたから。あのシリーズでは草笛さん、旅回りの役者とかチンドン屋さんとか汚れ役が多いなかで、『悪魔の手毬歌』は唯一のお金持ちというか、名家の女当主の役でしょう。
草笛 シリーズを追うごとにだんだん汚くなっていくの(笑)。きっちりした役のときこそ、完璧な雰囲気のままでは怖いと思うことはあるわね。
三谷 『犬神家の一族』でも、犬神家の三女である草笛さんだけ着物が着崩れている。あれもすごく印象に残っています。
草笛 朝、着物を着てお化粧をしていたら、「おはよう」と監督がいらして、いきなり後ろからぐいっと衣紋を引っ張られたの。「やだ、やめてください、崩れるじゃないですか」と言ったら、「これでいいんだよ」って。衿がぐずっとした日本人形みたいに、要は「崩せ」ということね。
三谷 僕はあれを見て、子どもながらに色っぽいと思いましたもん。