「秋晴れだねえ」
田代は空を見上げてしみじみとつぶやく。
ここでのんびりしている場合ではないのだ。
日村は言った。
「お寺はいろいろとたいへんだとうかがいました。無縁墓とか……」
「ああ……」
田代は空を眺めたままこたえる。「墓をほったらかしでどこかに消えちまうんだ。墓より生活が大切ってのはわかるんだけどね……。ご先祖をないがしろにするなんて、情けないじゃないか」
「そういう墓はどうされるんですか?」
「基本的に地方自治体が対処するんだ。可能なときは、私が改葬させていただく。頼まれてお骨を納骨堂にお預かりするケースもあるな。しかし、たいていはご遺族と連絡がつかない。だから、区役所も私も困り果てる」
「はあ……」
「広い土地を持っている名刹なんかだと、無縁仏をまとめて供養するための墓を作ったりできるが、うちみたいな小さな寺じゃそれも無理だ」
「たいへんですね」
「たいへんなんだよ。ご先祖の面倒くらいちゃんと見ろよと言いたい」
「檀家も減ってるそうですね」
「そりゃもうどうしようもない。世代が代わると、寺との付き合いがなくなるんだよ」
「そうですか……」
それは容易に想像がつく。若い世代にとっては、墓守だの法要だのはただ面倒なだけだろう。
「昔はどこの家にいってもお仏壇があったもんだ。神棚とセットでね」
「茶の間には神棚、奥の部屋に仏壇という感じでしたね」
「今じゃ仏壇なんて置いている家のほうが珍しい。こんなんじゃ、この国は滅びるぞ」
なんだか妙なデジャヴを起こしかけて日村は気づいた。
そうか、この住職は阿岐本のオヤジと雰囲気が似ているのだ。
剃髪(ていはつ)に赤ら顔。恰幅(かっぷく)がよくて、声がよく通る。そんな共通点がある。
「滅びますか……」
「ああ、滅びるね。墓の問題は、区役所が力になってくれるからまだいい」
「……とおっしゃいますと?」
田代は眼を鐘楼に転じた。
「あれだよ」
「鐘ですか?」
「うちでは昔から、正午と午後五時に鐘を撞(つ)いてきた。もちろん、除夜の鐘も鳴らす」
「お寺ですから、そうでしょうね」
「それが、騒音だと言われている」
「えっ」
日村は驚いた。「誰がそんなことを……」
「付近の住民だよ。私は長年坊主をやっているがね、除夜の鐘がうるさいなんて言われたことはなかった。世も末だよ」
「しかし、そんなことが……」
「実際にあるんだよ。苦情を受けたといって、区役所や警察までがやってきた」
「鐘を撞くのをやめろというのですか?」
「はっきりとは言わないよ。けどね、遠回しにそういうことを臭わすわけだ。時計が高級品だった時代には、寺の鐘は時報の代わりになった。だが今じゃ時計など誰でも持っているし、スマホで時間もわかる。だから、鐘を鳴らす必要はないでしょうと、区役所の役人は言うわけだ」
「別に時報の代わりに鐘を鳴らしているわけじゃないですよね?」
「鐘を撞くことは供養なんだよ。それを説明しても、相手はぽかんとした顔をしている。供養ということ自体が理解できないらしい」
ふと、田代は日村のほうを見た。「あんたらは、供養のこと、よくわかっているだろうね」
日村はうなずいた。
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