義理人情に厚いヤクザの親分・阿岐本雄蔵のもとには、一風変わった経営再建の話が次々舞い込んでくる。今度は町の小さなお寺!? 鐘の音がうるさいという近隣住民からのクレームに、ため息を吐く住職。常識が日々移り変わる時代のなか、一体何を廃し、何を残すべきなのか――。

 このまま帰ったらガキの使いだ。そう思った日村は、西量寺まで行ってみることにした。
 大木は近くだと言ったが、歩いてみるとけっこうあった。初めて歩く道だから遠く感じたのかもしれないが……。
 その寺も住宅街の中にあった。山門がコンクリート製で、けっこう現代風な建物かと思ったが、境内に入ってみると、本堂も寺務所も古い木造だった。
 本堂の左脇には鐘楼があり、立派な鐘が下がっていた。日村はしばしその鐘楼を眺めていた。
 寺の鐘など見たのはいつ以来だろう。
「何の用だね」
 背後から声をかけられ、日村は振り返った。
 僧衣の人物が立っていた。年齢は六十歳くらいだろうか。大きな目に力がある。思わず圧倒されそうになった。
「あの……、ご住職ですか?」
「いかにも、私が住職の田代栄寛(たしろえいかん)だが」
「日村と申します」
「梵鐘を見ておったな。何か言いたいことでもあるのか?」
「え……?」
 いきなり攻撃的な物言いで、日村はたじろいだ。「いえ、別に言いたいことはありません」
「では、何をしていた?」
「駒吉神社の神主さんにお話を聞いていたら、ここのお寺のことが話題になりまして……」
「駒吉神社? 大木だな」
「はい、大木和善さんです」
「何の話をしていたんだ?」
「祭からテキヤを追い出した件について……」
「あんた、テキヤか?」
「いえ、違いますが、まあ、似たようなもので……」
「似たようなもの? じゃあ、博徒系か?」
「はい」
 田代住職は、ふんと鼻から溜め息を洩らした。
「いきなり詰問して申し訳なかった」
「いえ……」
「鐘のことで、あれこれ言う連中がおるのでな……」
「鐘のことで……?」
「まあ、こちらへ来なさい。せっかく来たんだから、茶でも入れよう」
「あ、お構いなく」
「いいから、いいから」
 本堂の前にある階段に座れと言われた。住職は寺務所へ行き、ペットボトルの茶を持って戻ってきた。
 それを日村に手渡すと、彼は日村と並んで腰を下ろした。