「親から、そういうことは大切だときつく言われております。切った張ったの世界ですから……」
「あんたも、人を殺したことがあるのか?」
「いえ。幸い、自分はありません」
殺しかけたことなら何度もある。ヤクザの喧嘩というのはそういうものだ。
「そういうことでもないと、供養なんてことは考えないか……」
「自分らなんか、ほめられたもんじゃありません」
「誰もほめてなんかいないよ。墓参りだ供養だって、普通の人がそういうものを大切にしていた時代が懐かしいんだ」
「はい」
「区役所のやつが言うんだよ。この地域では、苦情があったんで公園を閉めたこともあるんだって。だから、寺も考えろってことなんだろうな」
「公園が……?」
「子供が遊ぶ声がうるさいという苦情があったそうなんだ」
日村は再び驚いた。
「公園で子供が遊ぶのは当たり前のことだと思いますが……」
「そうだよな。道路で遊んだりしたら、危なくって仕方がない」
「で、苦情があったからその公園を閉めたと……」
「区役所が立入禁止にしちまったらしい。あきれたもんだよな。じゃあ、子供はどこで遊べばいいんだ。俺たちのガキの頃は、空き地がたくさんあってそこでメンコやベーゴマなんかやって遊んだもんだがな……。空き地にはなぜか土管があって、その中で秘密基地ごっこなんかもやった」
「空き地ですか……」
さすがに日村の世代だとそういう記憶はない。
「先祖と子供ってのはさ、過去と未来だろう。過去も未来も大切にできないなんて、やっぱりこの国は滅ぶな」
「はあ……」
「おっかない国がさ、近くの島国を統合しちまってさ、その勢いで日本まで占領しちまうわけだ。それと同時に、北の大国が列島づたいに北海道のほうから攻めてきて占領しちまうんだ。日本語も使えなくなるし、日本人としての尊厳をすべて奪われる。奴隷みたいに扱われて初めて、ああ、日本という国は大切だったと気づくわけよ」
話がとんでもない方向に行きそうなので、日村は言った。
「それで、鐘はどうなさるのでしょう?」
「取りあえず、正午の鐘は見合わせている。午後五時には、区が防災無線の放送を流すだろう?」
「音楽が流れますね」
「それに紛れて鐘を鳴らしてるよ」
「苦労されてますね」
「地域の住民に嫌われたら、寺なんて存続できんからな」
「それで、除夜の鐘は……?」
「それはまだ考えてない」
「住民の声というのは恐ろしいもんですね」
「自分のことしか考えず、先祖も子供もないがしろにするような腰抜けに、国は守れんぞ」
また話がずれていきそうなので、日村はいとま乞いをして、事務所に戻ることにした。