祖母をおぶって近所のお風呂屋さんに

もともと高血圧だった祖母が脳梗塞で倒れたのは、僕が高3のときです。祖母は68歳でした。冬の寒い日だったので、それがこたえたのかもしれません。僕は翌日から一週間、名古屋で撮影の予定が入っていたのですが、近所に住むおばと事務所の社長が「留守中のことは任せて、心配しないで行ってこい」と送り出してくれました。

祖母は後遺症で半身まひと言語障害が残り、一人でトイレに行くのもままならない状態に。自身を律して生きてきた人だけに、誰かに頼らねばならない生活は辛かっただろうと思います。

当時僕らが住んでいた家は都営アパートの4階。部屋にはお風呂がなかったので、仕事から戻った僕が祖母を背負い、近所のお風呂屋さんに連れて行くこともありました。お風呂屋さんの入り口で、待っているおばとバトンタッチ。男湯と女湯に分かれてお風呂に入り、出てきたらまた僕が背負って帰るのです。まるでフォークソングの『神田川』の世界ですね。(笑)

こんな話をすると「10代で介護だなんて大変でしたね」と言われるのですが、僕は本当に大したことはしていないんです。昼間はおばが祖母の世話をしてくれましたし、ご近所の方も手を貸してくれましたから。事務所の社長や現場の皆さんも、いろいろ気遣ってくれました。きっと僕が知らず知らずのうちにSOSを発していたんでしょうね。そういった周囲の方々の助けがなければ、早々にパンクしていただろうと思います。

「僕、20歳になるまで、玄関に鍵をかけたことがなかったんですよ」

ご近所さんが、「おばあちゃん、今日も憲ちゃんにおぶってもらっていいねえ。ゆっくり浸かってくるんだよ~」と声をかけてくれたりして、下町らしい、あたたかな雰囲気がありました。時には「おかず、作りすぎちゃったから」と差し入れをしてくれたり、家に来て祖母の手を引いてリハビリをさせてくれたり。僕、20歳になるまで、玄関に鍵をかけたことがなかったんですよ。

さらに当時はエアコンなんてなくても、夏は玄関と窓を開け放しておけば風が通って涼しかった。のんびりした、いい時代でした。