2人が対談したのは、慶喜の弟で、水戸藩藩主・徳川昭武の住まいだった「戸定邸」。松戸市戸定歴史館が隣接している(撮影:本社写真部)

「ありがとう」は「おそれいります」

山岸 私も、妃殿下にはよくお会いする機会がありました。それは皇族の方にお目にかかる、というより、家族の集まり、という雰囲気。慶喜家はご実家なので、私たちのことをたびたび気にかけて、素敵なバッグを譲ってくださったり、かわいいお人形をくださったり。特にお正月は、毎年御殿にご挨拶に行ったわね。

井手 あれは、夢のような時間だったなあ。別世界だもの。

山岸 大広間があって、シャンデリアがあって。

井手 お屠蘇ではなく、まず「お雉酒(きじざけ)」が出る。縁起ものである雉肉を蒸して、燗酒を注いだのがお雉酒。

山岸 その器が、また素敵なのよね。

井手 そして5、6間あるような細長いテーブルに、おせち料理がダーッと並べられている。

山岸 羽子板の形をした漆塗りの器が並んでいるのだけど、ひとつひとつに違うお料理が盛られていて、それが圧巻の美しさ。

井手 妃殿下のお誕生日が12月26日、新年を迎えて1月3日が高松宮宣仁殿下のお誕生日だから、年末年始はおめでたい日が続いていた。新年祝賀の儀のあと、皇族方は正装のまま高松宮邸に集まるのが習わしで、母はお茶出しのお手伝いに行っていたんだ。「お姉様、お写真を撮らせていただいていいかしら」と、趣味だったカメラで撮影した写真を、母はずっと大切にしていました。

山岸 雛飾りも見事だったわよね。雛段に飾られた小さな笥の引き出しのひとつひとつにまで、ちゃんとお着物が入っているの。お雛祭りで忘れられないのは、小学4年生頃のこと。御殿に上がったら、お食事に北京ダックが出てきて。この世にこんなにおいしいものがあるのか、と大感激しました。でも実は、子どもがご馳走をガツガツ食べるとみっともないからって、伺う直前に家でごはんを食べさせられていて――。お腹がいっぱいで山盛りの北京ダックを少ししか食べられなかった無念を、今も覚えています。(笑)

井手 御殿に上がる時は、母から言葉遣いも注意されたね。

山岸 そうそう。子どもは、3つの言葉しか使ってはいけないって言われた。「こんにちは」や「ありがとう」はNG。「こんにちは」は?

井手 「ごきげんよう」。「ありがとう」は「おそれいります」。

山岸 「失礼します」もダメで、「ごめんあそばせ」。

高松宮邸(今の高輪皇族邸)でプールを楽しむ久美子さん、純さん(中列・右2人)と、パラソルをさす妃殿下