前に進むためには捨てて捨てて
大変だったのは、わが家にぎっしり詰まっていた「思い出」と称する70何年分のゴミの処理(笑)。私は4歳でデビューしたから、写真だけでも一部屋分くらいあるんですよ。仕事はもう少し続けたいから、衣装と譜面だけは残し、捨てられるものはすべて処分。母の遺したモノも、このタイミングじゃないと思い切れないと考えて、お葬式の後、全部捨てました。
母があっぱれだったなと思うのは、モノに執着しない人だったことです。戦争であらゆるものを失い、その後も新築した家が丸焼けになり、祖父の骨董やら何やらいいものがあったはずなのに、全部焼けちゃった。でも母はただの一言も「あれが惜しかった」なんて言わなかった。
母が亡くなったときお棺の中に入れたのは、ずっとかわいがっていたぬいぐるみと、私の書いた『母と娘の旅路』という本一冊。あとはなーんにも入れませんでした。死ぬときは何一つ持っていけないのですから。
買い主さんへの鍵の引き渡しが5月の末にありました。モノの始末は業者さんにお願いして、70万円くらいかかったかしら。いい家具がたくさんあったのですが、重いし、天井が高い家でないと入らないということで、すべて処分しました。
緞通(だんつう)の絨毯があって、業者さんが「これは鍋島家と松島さんのお宅でしか見たことのないものです。処分するのはあまりにもったいないから、お持ちになったほうがいい」と言ってくださったんです。でもクリーニング代を聞いたら、なんと80万円。ビックリして、「いりません!」とお断りしちゃいました。
「もったいない」なんて言っていたら前へ進めない。進むためには、捨てて捨てて、ということしかありませんでした。一番大事な母との別れを経験し、私ももうモノはいらないな、と思ったのです。いつまでも大切にしていられる思い出を、心に残しておければそれでいいと。