「ないものねだり」をやめられなかった二人
「読み終わったぞ。ほら」
手渡された本の表紙を、改めて見つめた。暗闇に浮かぶ月明かりの横に大きく描かれたタイトルと、英文字のサブタイトルに目を走らせる。“cry for the moon”ーー直訳すると「月を泣いて欲しがる」。要するに、「ないものねだり」という意味だ。
「翼があればいいのにな」
彼はそう呟いて、煙草に火をつけた。彼が吸う煙草は、嫌いじゃなかった。赤く光る先端を、彼は決して私に向けない。
幼馴染が本を貸してくれたのは、私が彼の部屋に逃げ込むようになってから、およそ2年が過ぎた頃だった。両親が起きるまでには、家に帰らねばならない。夜が明ける前の空の色が、一番好きで一番嫌いだ。この世界でいっとう安心できる場所に、どうして私は居続けることができないのだろう。この空の色を彼と一緒に眺めて、まどろみながら眠る。たったそれだけが、どうして許されないのだろう。
ずしりと重たい本を抱え、来た道を全速力で駆ける。牢獄にたどり着くと、いつも息が苦しくて酸素が足りない心地がした。忍足で自室に戻り、学校鞄に借りた本を押し込む。朝早く登校し、図書館で読むつもりだった。その日、幼馴染は学校を休んだ。彼は普段から遅刻や欠席をすることが珍しくなかったから、「いつものことだ」と思った。でも、次の日も、そのまた次の日も、彼は学校に来なかった。
数日後、彼の家を訪れると、窓の鍵が閉まっていた。はじめてのことだった。
「“開けておくから”って、言ったのに」
呟いても、返事はない。その部屋には、すでに人の気配がなかった。ほどなくして、彼が家出をしたことを知った。高校1年の冬、私は世界にただ一つの、安らげる巣穴を失った。