辞めようと思う気持ちをつなぎ止めたもの

普通、師匠の家で修業する内弟子時代は大変やと言いますけど、僕にとってはその時代が一番楽しかったんです。師匠から言われたことをやって、師匠が喜んでくれる。ここから独り立ちして落語家になるとか、そんな流れなんてなくていいから、ずっとこの生活が続いてくれたらいいのに。心底、そう思ってました。

ただ、実際には2年で内弟子期間は終わって、一人の落語家としての時間が始まるわけです。もちろん仕事ですし、壁にぶつかることもたびたびありました。「もう辞めよう」と思ったこともありました。でも、辞めなかった。理由は一つです。辞めたら、師匠に会えなくなる。それがイヤだから続けてきました。

そこがこの世界に自分をつなぎとめる最大の要素だったんですけど、1999年、師匠との別れが来てしまった。もう、会うことはできない。だったら、ここで辞めようと思ったんですけど、これもめぐり合わせと言うか、何と言うのか。ちょうどその頃に落語をつかんだと言えばいいのか、落語をやるのが楽しくなってきたんです。ずいぶん長くかかりましたが、師匠の存在ありきで始めた落語に血が通ったというか。

ま、息子たちもいるし、妻から「ローンもあるんですよ。辞めるのはダメですよ」と言われたのもリアルな話ですけど(笑)、なんだかんだでこの歳までやってきました。

でもね、本当に正直な話、今でももっと向いてる仕事があったやろうなと思ってます。落語をやったおかげで良い仲間にも会えましたし、楽しい時間も経験させてもらいましたけど、来世も落語家をやりたいという気はありません。