古代のシャーマンのように

しかし、こうした感情抑制の傾向は、実は高齢の男性に限ったことではない。

恋愛のような感情はエネルギーを浪費するので、できれば避けて通りたいと思っている若者は少なくないという。振られたときの自己回復力に自信がないから、というのも理由らしい。このままいけば、結婚や出産への意識も萎えて、少子化はさらに加速の一途をたどることになるだろう。

たとえば映画にしても、前もってネタバレサイトで全容をすべて把握してから観に行く若者が増えているという。あらかじめ心の準備や覚悟をせぬまま、唐突にさまざまな感情の起伏を煽られると、その対処に困るから、ということらしい。

20代30代にして、感情に対する向き合い方が、先述した80代の男性とそれほど変わらないことに驚かされる。

古代ギリシャでは、人々の精神性を豊かに鍛えることこそが成熟した文明社会の礎になるとしていた。各都市に設けられた劇場では、演劇祭のシーズンは無料で喜劇や悲劇が民衆のために開放されていたが、そんな政策は現代の若者にはとうてい受け入れられないだろう。

感情を使いたくない若者が増えていくことに対して漠然とした不安を抱く一方で、笑いに愚痴に忙しい中年以上の女性たちを見ていると、どんな感情の起伏にも恐れず向き合える彼女たちが、古代のシャーマンのように社会を司る社会になっていくのかもしれない。

そんな予感が脳裏を過ぎる今日この頃だ。


歩きながら考える』(著:ヤマザキマリ/中公新書ラクレ)

パンデミック下、日本に長期滞在することになった「旅する漫画家」ヤマザキマリ。思いがけなく移動の自由を奪われた日々の中で思索を重ね、様々な気づきや発見があった。「日本らしさ」とは何か? 倫理の異なる集団同士の争いを回避するためには? そして私たちは、この先行き不透明な世界をどう生きていけば良いのか? 自分の頭で考えるための知恵とユーモアがつまった1冊。たちどまったままではいられない。新たな歩みを始めよう!