『黒い豚の毛、白い豚の毛 自選短篇集』著◎閻 連科/訳◎谷川 毅

 

長篇作品は手が出なかった、という人もぜひ

中国現代文学作家のなかで、高行健(こうこうけん)、莫言(ばくげん)に続くノーベル文学賞候補との声も高い閻連科(えんれんか)の自選作品集。彼の名が日本でも広く知られたのは、2014年にフランツ・カフカ賞を受賞(村上春樹に続きアジアで2人目)したことがきっかけだ。『年月日』『愉楽』『炸裂志』といった長篇作品がすでに日本でも紹介されているが、それらで顕著にみられるこの作家の特徴が、本書では粒よりの短篇として味わえる。

9篇の収録作は「農村もの」「軍隊もの」「宗教もの」(訳者あとがきによる)に区分けされ、この順に掲載されている。表題作を含む「農村もの」の魅力は、なんといってもむせ返るような土と獣、そして草や花の香りが立ち込めているところにある。「奴児(どじ)」における〈その赤色が湿り気を帯びた枯れ草の匂いなのが見え〉に顕著な、色と音と匂いにおける一種の「共感覚」ともいうべき描写は素晴らしい。

反政府的な発言によっても知られ、中国国内では発禁となった作品もある著者だが、デビューのきっかけは人民解放軍の創作学習班にいた時代に書いた小説だったという。本書に収められた「軍隊もの」では軍や党といった制度が抱えるアンチ・ヒューマンな側面がリアルに描かれるが、「革命浪漫主義」ではそれさえもが高らかに笑い飛ばされている。

最後の2篇は「宗教もの」。なかでも2018年発表の最終話「信徒」の完成度が高い。退職後も革命思想に従順な元村長が、頑なにキリスト教の信仰をやめようとしない老女の扱いに困る笑話だが、ユーモラスで神話的なイメージは彼の長編作品にも通じる。本書をきっかけに、この優れた作家の読者が増えることを期待したい。

 

『黒い豚の毛、白い豚の毛 自選短篇集』
著◎閻連科
訳◎谷川毅
河出書房新社 2900円