本来は喜ばしいことなのに、どうしよう
さすがの父も気落ちした様子だったので、しばらくは夫とともに実家に足繁く通った。ところが自分の自慢話や他人を貶める話ばかり聞かされるため、つい反論してしまい、父が「出て行け!」と怒鳴り散らす。その繰り返しに嫌気がさして実家に足が向かなくなっている間に、父は一念発起して車の免許を取得した。それがすべての始まりだった。
「久しぶりに実家へ行くと、家の中にモノが増えて、かつての私の部屋にも入れないほど。車でホームセンターに行っては、電動工具やわけのわからない板、ケーブルなんかを買ってくるようになったんです」
実家に行くたび、文字通り足の踏み場もなくなっていく。片づけようとすればケンカが起こる。しまいには悪臭が漂うまでになり、マリ子さんは隣近所に頭を下げて回った。
「母がきちんと管理していた実家が、床も見えないほど汚れて荒れていくのが悲しかった。私の泊まるスペースもない。そもそも毎度、『帰れ!』と言われて終わりですけどね」
マリ子さんは小さく苦笑する。
しかし3年前、父が座椅子とコタツの間で転倒し、衰弱しているところを近所の人が発見。救急車で搬送された。そこからリハビリ施設に入り、現在に至っている。
マリ子さんは空き家となった実家を片づけに通い始めた。百科事典のセット、冷蔵庫5つ、暖房器具も新品の自転車も、捨てに捨てた。
「それでスッキリするというより、父に内緒でしていることだから冷や汗もの。いずれはバレるんだろうなあ、と覚悟はしています」
父は以前よりわずかに丸くなった。しかし頭はしっかりしており、マリ子さんが家の片づけの話を持ち出すと険悪な空気になる。このまま最後まで、関係は変わらないだろう。
最近の心配ごとといえば、施設でケアを受ける父の要介護度が下がってきていることだ。入所時は要介護5だったのが、現在は3になった。
「本来は喜ばしいことなのに、どうしようって焦る自分がいて、そのことにも罪悪感があります。この間なんて、ついに『家に連れていけ』と言われてしまって。それ以来、半年くらい施設に行けないままです」
気が合わなくても、親は親。あっさりと割り切れないまま、マリ子さんの葛藤はまだ続きそうだ。