左から 大石静さん、中園ミホさん、残間里江子さん
左から 大石静さん、中園ミホさん、残間里江子さん
「人生100年時代」と言われる現代において、生きる指針をどう求めたらよいかについて語り合う、残間里江子さんがナビゲーターを務めたイベント「トークサロン」(主催 株式会社 キャンディッドプロデュース)が、2025年11月11日に開催されました。そのセッション4では、脚本家の 大石静 氏 と 中園ミホ 氏 が登壇し、「しあわせな人生」をテーマに率直なトークを繰り広げました。お二人はそれぞれ幸福観が対照的で。大石さんは人生を「長期悲観主義」と表現し、幸せはむしろ希少な瞬間であると語り、一方、中園さんは「短期楽観主義」を掲げ、困難の後にも必ず良いことが訪れるという前向きな人生観を示しました。大石さんが「再び結婚は望まない」と語る一方で、中園さんは「いつか結婚してみたい」と未来への希望を語るなど、人生観の違いと魅力があふれる率直なトークの一部をお届けします。
(構成:丸山あかね)

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自分の最期について

質問コーナー ここからは会場の皆さんから寄せられた質問に答えていただきます。

――自分の最期はどんなふうでありたいか?

残間 里江子(以下残間) 昔、文藝春秋に「私の死亡記事」というような企画があって、自分が死んだと想定して死亡記事を書くのだけど、私は「青山通りを歩いていてバナナの皮に足を滑らせ、頭を打って残間里江子が死亡しました。死因は脳挫傷です」と書きました。今なら家族葬でと書くのでしょうけれど、当時はバブルの頃だったので、葬儀は青山斎場でなんて書いてましたが。お二人はどんなふうに死にたいと考えてますか?

中園 ミホ(以下中園) 私は親が早く亡くなったせいか、明日にでも死ぬのではないかという感覚で生きていて、死は特別なことではないのです。できればピンピンコロリで逝きたいですけど。

残間 大石さんは?

大石 静(以下大石) もちろん私もコロッと死ぬのが理想的だなとは思うのですが、現実問題としては世の中でどんなに高い地位についた人も、大きな成功を収めた人も、最後だけは思うようにならないじゃないですか。父を見ても母を見てもそうです。だからイメージが湧きませんし、どんな形になっても受け入れるしかないなと思ってます。

残間 わかっているのは絶対にいつかは死ぬということだけですもんね。

大石 黒澤明監督の『赤ひげ』という映画の中に、「臨終は人間の一番荘厳な時だ」というセリフがあって、若き日の私は心を打たれて書き留めていたんですけど、臨終も最後の修業だと思ってやるしかないんだなぁと思ってます。

残間 この間、ネットを見ていたら看取りの専門医が書いた「1週間以内に死ぬ人の予兆」というのが7項目出ていたの。それから「あと半年で死ぬ人の5つの予兆」というのもあって、なるほど~と思いました。

中園 どういう項目だったのですか?

残間 全部は覚えていないけど、「身の置きどころがなくなる」というのが印象的。

大石 知り合いのお母さんが亡くなる時に、身の置き場がないって何度も言っていたという話を聞きました。そう言われてもどうしてあげることもできなくて苦しかったと。

残間 身の置きどころがなくなっても、周囲に励ましてくれる人なんかがいると持ち直すことがあるけど、孤立しているとそのまま逝っちゃうらしいの。生命力が枯渇してしまうみたいなニュアンスだったかな。とにかく、やっぱり孤立しないほうがいいみたいですよ。