畑の記号の登場

ところが最近になってオーストリア測量局(BEV)のデジタル地形図に「畑の記号」が登場しているのに気がついた。

これは2010年に制定された図式で、農耕地全体がクリーム色で表現され、その色の上に果樹園やブドウ畑の記号が載っている中で、クリーム色だけのエリアが「畑」というわけである。デジタルであれば色をつけるのに手間はかからないから、他の国でもデジタル地図では採用されているかもしれない。

ひとつ付け加えておくと、日本でも明治13年(1880)から作成された2万分の1「迅速測図」には、実は畑の記号があった。その図の凡例によれば、細かい破線で表現された畔道に囲まれた白い部分が畑なのだという。

それならやはり無記号ではないかとクレームを付けたくなるが、実は破線で描かれたこの「畔道」は単なるイメージであって、実際の具体的な道とは関係ない(実際の細道は太めの破線)。一見して本物の畔道らしいのだが、「畑というのはこんな風に畔道が通っているよね」というデザインなのだ。注意深く見れば、これらの畔道は東西方向と南北方向にほぼ一定の間隔で描かれており、北西や東南東など半端な方位を向いたものが一切ない。

それにしてもこの「なんちゃって畔道」はなかなかリアルに見えるので、読む人にだいぶ誤解を与えたようだ。

『地図記号のひみつ』(著:今尾恵介/中央公論新社)

博物館に勤務している知人に「これは単なる畔道イメージですよ」とお伝えしたら驚愕しつつ、「この畔道を基に古代の条里制区画を復元しようと苦労している研究者がいますよ!」と教えてくれた。

私の知らない誰かさんの苦心の研究も、この誤読によってすべて瓦解してしまう。それを思うと心が痛むが、きっと明治期にもそんなことがあって、以後は「畔道イメージ」を描くのをやめて無記号に徹するようになったのだろう。