「回想の笠置シヅ子」

笠置シヅ子と入れ替わるように、石原裕次郎が映画デビューを果たし、歌手としても活動を始めた。

昭和20年代が笠置の時代だったとするなら、続く30年代は裕次郎の時代となった。

笠置の没後、服部良一は文藝春秋への寄稿「回想の笠置シヅ子」で思い出を綴っている。

年齢を重ねるうちに高いキーの声が出なくなり、音程を下げることは誰もがやっていたが「しかし彼女の場合はある日突然歌を止めてしまったので驚いた。はたから見た限りでは全然変わらないのに、彼女は自分自身の限界をさとってしまったのか、(中略)常に妥協を許さないきびしい人で、うっかり冗談もいえない人だったが、ほとんど最盛期と言ってもよい時期に、ファンに最高の思い出を残して音の世界から消えてしまったのである」(「文藝春秋」85年6月号)

『笠置シヅ子ブギウギ伝説』(著:佐藤利明/興陽館)

シヅ子は「ああ、しんど」と現役の「ブギの女王」であることをやめてしまった。

しかし、芸能界を引退したわけでなく、誰もが認める「大阪のおばちゃん」キャラクターを活かして、年相応、自分に相応しい役柄を映画、テレビで演じ続けた。

歌手引退宣言をした直後、駆け出しの俳優のギャラで構わないので使って欲しいと、テレビ局や映画会社を回ったという。

その初仕事が、ラジオ東京テレビ(のちのTBS)のスタジオドラマ「雨だれ母さん」(57年1月8日〜7月16日)だった。

脚本は名匠・五所平之助とベテラン舘岡謙之助。

下町を舞台に逆境をものともせずに二人の子供を明るく育てる「おかあちゃん」役は、笠置のセルフイメージそのものだった。