時空を超えて
『喜劇大安旅行』(68年・松竹)で、シヅ子は新珠三千代の母親役で出演。劇中で伴淳三郎とゴールインしてラストがその新婚旅行だった。
可愛らしいおばちゃんキャラで、往年のイメージを踏襲していた。これも瀬川昌治監督の猛烈なラブコールに応えてのことだった。
ちなみに瀬川監督は、戦前からシヅ子の才能を評価していた瀬川昌久先生の弟である。
いずれの監督も、「ブギウギ・ブーム」の渦中、若者として撮影所を走り回っていた。
現場で一緒になった人も、そうでない人も「この役は笠置シヅ子で」とイメージしてキャスティングしていた。
黒澤明『野良犬』(49年・映画芸術協会=新東宝)で焼け跡の風景に、「東京ブギウギ」が流れるが、これはリアルタイムの風俗描写だった。
以後、映画やテレビで敗戦後の混乱期、闇市などのシーンにはかなりの確率で「東京ブギウギ」が流れている。
1970年代になると「懐かしのメロディ」的な企画で、戦前、戦後のスター歌手たちが集結して、往年のヒット曲を歌う「懐メロ番組」が数多く作られた。
しかしシヅ子は、すでに歌手は引退しているので、とさまざまなラブコールを断り続けた。その潔さこそ、笠置シヅ子であり、彼女の生き方でもあった。
それゆえ、遅れてきた世代は、全盛期の彼女の歌声を聴く喜びがあり、映画に記録されたパフォーマンスを体感することができる楽しみがある。
笠置シヅ子と服部良一が残した五十数曲のレコードセッションは、21世紀を生きるぼくたちに、様々なことを教えてくれる。
戦前ジャズの豊かさ、敗戦後の人々の生きる糧になったブギウギ…。
笠置シヅ子のパワフルな歌声、息遣いに、未体験の時代を感じることができる。時空を超えて、今を生きるぼくたちに限りないチカラを与えてくれるのである。
※本稿は、『笠置シヅ子ブギウギ伝説』(興陽館)の一部を再編集したものです。
『笠置シヅ子ブギウギ伝説』(著:佐藤利明/興陽館)
2023年NHK朝の連続テレビ小説、『ブギウギ』の主人公のモデル。
昭和の大スター、笠置シヅ子評伝の決定版!半生のストーリー。
「笠置シヅ子とその時代」とはなんだったのか。
歌が大好きな風呂屋の少女は、やがて「ブギの女王」として一世を風靡していく。彼女の半生を、昭和のエンタテインメント史とともにたどる。