宇治川を包む川霧にも似た悲恋

藤原道長はもちろん、光源氏のモデルのひとりといわれる源融(みなもとのとおる)らも宇治に別荘を持ち、舟遊びや紅葉狩りなどを楽しんでいたようです。

たぶん紫式部も、中宮・彰子のお供で宇治を訪れていたのでしょう。

その体験をもとに、『源氏物語』の最後の10帖(10巻)、「宇治十帖」が書かれたと考えられています。

宇治・朝霧橋

そう、全54帖という『源氏物語』の長大な物語を締めくくる「宇治十帖」は、宇治が舞台となっているのです。

光源氏亡きあと、主人公は、光源氏の末の息子である薫(※実は、光源氏との血縁関係はない)と孫の匂宮に変わり、宇治川を包む川霧にも似た、しっとりとした悲恋が描かれます。