わかってはいるけれど、危なっかしく見えて

父がいきなり補導委託を引き受けると言い出し、悟は迷惑がるのですが、一緒に暮らし始めると春斗に寄り添うようになります。今まで私が書いてきた小説は動きがありました。場面転換が多かったり、登場人物が行動を起こしたり。

でも本作は小原家の茶の間と工房が主なシーンです。アクションもない。悟や春斗の変化を自然に受け止めてもらえるように、人間心理が変わっていくさま、何十年も凝り固まっていたものが溶けていく過程を、心を砕いて書きました。

私も中高生の頃、親に気持ちをわかってもらえないなと思うことはありました。けれど父は自分の考えを押しつけず、ものごとの本質を伝えてくれていた気がします。例えば、「本を読みなさい」と言われたとして、「本にはいろいろな考え方や世界があるから、学べることが多いよ」というように。

父は東日本大震災で亡くなってしまいましたが、今でも悩んだり迷ったりした時には、私のなかにいる父に尋ねています。生きていくうえでの指針の一つですね。

21歳で結婚し、子どもが二人います。娘と息子はすでに独立していますが、もちろん、親としても子どもとのすれ違いはありましたよ(笑)。だから悟の親の気持ちも、春斗の親の気持ちもよくわかります。

親が望む幸せが子の幸せとは限らない、とわかってはいるんです。でも彼らの考えがどうしても危なっかしく見える。「ここで言わなければ」という時は、なぜダメなのかの理由を伝えました。父から言われたことですよね。

『風に立つ』(柚月裕子:著/中央公論新社)