撮影:藤澤靖子
本のデザインに携わってきたグラフィックデザイナー、松田行正さんが注目したのは歴史的な「負のデザイン」。著書『独裁者のデザイン ヒトラー、ムッソリーニ、スターリン、毛沢東の手法』で描きたかったことはーー(撮影=藤澤靖子 構成=野本由起)

ヒトラーを躍進させた選挙ポスターとは

本の装幀を中心に、長年デザインに携わっています。仕事をするなかで、今では当たり前になったルール、例えば余白や行間などはいつ誰が作ったのか……など過去のことが気になりはじめて。以来「デザインの歴史探偵」と名乗り、さまざまな資料を集めてきました。

本書では、ヒトラー、ムッソリーニ、スターリン、毛沢東という独裁者たちが、プロパガンダ(政治的意図を持つ宣伝活動)を駆使し、どのように人々を扇動したのか、「負のデザイン」の効果を考察してみました。ポスターを中心にたくさんの図版を紹介し、比較しながら眺められるようになっています。

なかでも特にデザインに依存していたのは、ヒトラーのナチス体制。まず1932年に大統領選挙に出馬した際のポスターが斬新でした。ほかの党が「対抗陣営をやっつけよう!」というメッセージ性の強いものだったのに対し、ナチスのポスターは、真っ黒な背景に切り抜かれたヒトラーの顔が浮かび、その下に彼の名が入っているだけ。インパクト絶大です。

これが大衆の心に刺さったのか、ヒトラーは当選こそ逃したものの得票数2位につけ、国政の中枢に入り込んでいきます。ナチスのシンボルである、鉤十字のハーケンクロイツも鮮烈な印象ですよね。こんなに迫力あるマークはほかにない。普通ならマークの下に、何か文字など説明を入れたくなると思います。でも入れない。ナチスのデザイン戦略は、ずいぶん思い切ったものだと感じました。

一方中国では、赤を基調とした毛沢東のポスターが国土を席巻。後光の差す笑顔の毛沢東に彼を讃える民衆を小さくあしらった図は、文化大革命期の象徴です。皆が真っ赤な表紙の『毛沢東語録』を携え、切手にまで彼の訓示が書かれていたのですから、さぞや気の抜けない社会だったでしょう。

ロシアでは、レーニンの死後にスターリンが権力を掌握したことで、アートも抽象的なロシア・アヴァンギャルドから社会主義リアリズム路線へと大きく舵を切ります。指導者の鶴の一声で、アートの趨勢さえも変わってしまうのですから驚きです。

デザインという言葉には、「謀(はか)る」という意味もあります。それ自体はネガティブでもポジティブでもありませんが、使う側の姿勢によって希望にも刃(やいば)にもなりうる。それがまた面白いなと。ナチスのデザインや、差別的な表現については、これまでに書いた本でも扱ってきました。その時も今回も、倫理的に評価が難しい面があるので、書くことに逡巡がないわけではありません。ただ、「負のデザイン」についてまとめて語られることが少ないので、こうした本もいいかなと思いました。

本質を隠し、心地よいイメージで覆うこともできるのが広告ですから、誰しも踊らされ、要らないものを買ってしまったことが一度や二度はあるでしょう。企業広告の場合、踊らされても買い物に失敗するくらいですみますが、政治が絡むとそうはいかない。

身の回りのものはすべてデザインされています。格好の良いワクワクするものを見たら、何か巧妙な手法に乗せられていないか、一度は引いて冷静になってみるといいかもしれない。背景に何があるのか考えてみるだけで、世の中が少し違って見えてくるでしょう。地味に見える選挙ポスターも、周到に作られているのかもしれないと思うと、観察しがいがある。本書がその一助になれば幸いです。