自分のことがわからない

その思いとは裏腹に僕が進めようとしていた保護犬の引取り方法は、本当は一番やってはいけない方法だった。家族にも相談せず、こういう形で受け入れたがために、後に家族から反対されて結局保健所に犬を引取ってもらったなんていう例も多数あるという。

しかし、このときの僕はなにかに突き動かされるように、なんの不安も疑問も持つことなく前に向かっていた。

保護犬を飼うことをすすめてくれたモデルでデザイナーの雅姫さんの「いざとなれば私がなんとかするから安心して!」という力強い後押しをもらえたことも理由のひとつだ。

昔から僕は100円の雑貨をひとつ買うのもなかなか決断できないくせに、マンションとか車とか金額が大きなものはそのときの咄嗟のインスピレーションで決断してしまうという悪いくせがある。

殺処分寸前だった保護犬・福(写真提供:著者)

思えば就職先も、大学進学も、すべてそうだった。

そもそも理系で医学部を目指していたはずなのに、共通一次試験が終了した時点で突然思い立って文転。経済学部に変更したのは紛れもなくその現れだ。

その結果、出版というこれまたまったく脈絡のない仕事をしているという事実。自分には一番自分のことがわからない。